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私の梅仕事

1週間前に来たときよりも草は伸びていて、角に植わった梅の木の足元を覆っている。開けた畑の敷地には、植えた覚えのない黄色とオレンジの花がいくつも咲いている。蝶々が花や作物の間を舞い、鳩が地面をついばむ。雨や風で落ちるものがあるようで、少し土の付いた青梅が足元に転がっている。ひとつふたつと拾い上げる。「持っていっていいですよ」と、数えられるくらいの青梅をいただく。

台所の戸棚にしまっておいた小さなびんを取り出し、白砂糖と共に詰める。花瓶の隣に置いて、朝が来る度に振る。雨の日が増え、蒸し暑くなる。日毎花の根元を切り、水を替えるも、保たなくなってきたと話す。砂糖が少しずつ溶け、梅の実が浮かび上がる。梅の実にしわが寄る頃、ようやく近づいた花とも、黄金色の蜜とも別ける。



梅の甘露煮をいくらか仕込み、青梅のシロップが出来上がるまでの間に使っていく。そのまま口にすれば、酸味と甘味がすっと過ぎる。揚げなすの梅南蛮漬け、豚の梅煮。甘い味付けが好みな我が家では、砂糖の代わりに思いつくままに料理に入れて仕立てる。


なすをたっぷりとした厚さの輪にして揚げる。青梅の甘露煮とシロップ、酢、醤油を同量ずつ、水はその倍量くらいの甘酸っぱい味に調え、唐辛子を合わせ煮立てる。鰹節、玉ねぎ、にんにくを加えてひと煮立ちしたら、揚げなすにかける。玉ねぎをならし、落し蓋のようにして浸す。


豚の塊肉を大きく分け、落し蓋をして煮る。にんにく、生姜と共に、ゆったり火を入れる。やわらかくなってきたら蓋を取り、梅の蜜、半分の醤油を加えて煮詰めていく。煮汁が残り少なくなれば最後の醤油を加えて絡める。豚のコク、やわらかな酸。盛りつけ、茹でた青菜を添える。


出張つくりおきでお邪魔した際、自分が持っていないようなターコイズ色のボウルがあった。どこか遠いところにある海の色をしていて、できたばかりの豆乳スープをよそると、その彩りの鮮やかさに目を奪われた。家々にそれぞれの器があり、日々満たして暮らしている。このお家では、なかなか見ることの叶わない海の風を感じているだろうか。


『旅と料理』(細川亜衣/CCCメディアハウス)
日々の食卓が自分の中から生まれる。見聞きしたこと、触れたもの。身の内に留めたものが時間を越えて表れる。




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