渡瀬水葉

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渡瀬水葉

小説を書いています。 エブリスタhttps://estar.jp/users/152993034 Amazonセルフ出版 https://www.amazon.co.jp/~/e/B08RX464DY

マガジン

  • 検非違使別件

    平安時代の検非違使に取材したミステリーです。

  • 樋口一葉について

    名作の誉れ高い「樋口一葉の作品」自分なりに解釈し、読みやすくまとめました。 明治時代は書かれる文章としゃべる言葉を統一しようという運動があったにもかかわらず、一葉は「疑古文」で小説を発表! 日本語の美しさと新しい女性の胎動を同時に描き切った文豪です。

最近の記事

検非違使別件 十 ②

 俘囚の長である安倍貞任と盟友の藤原経清の士気は高く、彼らの軍才は陸奥国守の源頼義と義家の父子をしのいでいるかもしれない。  土地の利を知り、豪族たちを束ねる力を誇る安倍一族が勝利するとしたら、しかし、それは朝廷側が桓武帝の時代に逆行しかねない危険をはらんでいた。蝦夷討伐を口実に、野心的な都の武士たちが名乗りを上げて陸奥への進軍を熱望するかもしれないのだ。  主人の誉のために命を投げ出す兵士たち。鉾と矢、炎に追われる領民。戦の終結に、どれくらい時を要するのか、血が流れるのか、

    • 検非違使別件 十 ①

       五位以上の位階を持つ貴族の邸は打ち破ってはならない。  検非違使が鉾と弓矢で武装した下部の者たちを率いて右京三条にある藤原登任の邸を囲んだのは、そういう制約があってのことである。  雨が降っていた。笠のへりを指で押し上げ、門前から尉の藤原有綱が大声で呼ばわった。 「中の者どもよく聞けっ。邸は取り囲んだ! 立て籠もって抵抗するでないぞ。すでに家司・伴家継を名乗っていた錦行連を捕縛しておる。鳥辺野の葬送地において、錦が引き連れていた賊にもことごとく縄目をつけたのだ。大人しく邸

      • 検非違使別件 九 ②

         仁木緒もまた、泥蓮尼、千歳丸と多紀満老人と共に歩き出した。  風が木の枝を揺らしている。足元に芽吹いた草が、小さな石の地蔵尊や白骨を覆い隠している。  しばらく坂道を進んでから、六道の辻の寺社の伽藍が見える場所に出ると仁木緒は振り返った。  千歳丸と多紀満老人らが仁木緒の視線に射すくめられて佇立している。三人の顔を順に見やり、仁木緒は静かに問いかけた。三人にだけ聞こえるように。 「あなたたちは、荒彦をどこへ隠したのです?」  ギクリと身をすくませたのは多紀満老人と千歳丸だ

        • 検非違使別件 九 ①

           都の入り口である羅生門で、仁木緒はいつもの退紅色の狩衣に袴、藁沓といった看督長のいでたちだった。  白杖は錦行連のために断ち折られたため、別の物を手にしていた。六尺の長さがある節を抜いた竹である。中に溶かした鉛を流し込んである。一見するとただの太い竹の棒になるところを、白布を胴に巻き付けて白杖にしたのだ。白布は薄汚れてかなり使い込まれていることを示していた。  実のところ、白布が滑り止めとなって扱い易い。太刀で斬りつけられてもシンの鉛に刃が立たぬし、相手を打ち据えるときの

        検非違使別件 十 ②

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        • 検非違使別件
          19本
        • 樋口一葉について
          6本

        記事

          検非違使別件 八

           泥蓮尼が住まう小さな尼寺にも足を運んだが、もぬけの殻だった。仁木緒は逆上した。  ……明日、焼死した四人の遺骸を検める!  多紀満老人と千歳丸にそう宣言し、鳥辺野にてその手伝いをするよう命じた。  このことを仁木緒は帰宅して真っ先に、父の周宜に打ち明けた。 「善良そうに見えて不届きな輩です! きっと最初から泥蓮尼とゆずかを逃がすつもりだったのでしょう」  広縁では申し訳なさそうに稲若が肩をすくめて縮こまっていた。その向こうでは茜色の雲がたなびいている。 「ごめん……仁木

          検非違使別件 八

          検非違使別件 七 ②

          「恐ろしい光景を思い出させてすまないが、詳しく聞かせてくれ」 「……はあ、伎楽殿ではすでに一人が倒れていて、メラメラ燃える几帳にくるまって、ピクリともしなかったのですよ」 (それは、すでに刺されてこと切れていたということか)  わずかでも息があれば、炎にあぶられてのたうち回るのではないだろうか。 (殺害された女……雑仕女と届けが出されたが、本当はそれが能原門継の言う舞姫なのではないか?)  仁木緒は質問を重ねた。 「炎の中で、苦しんでいる三人が何者だったのだ?」 「……恐ろし

          検非違使別件 七 ②

          検非違使別件 七 ①

          「稲若。なぜ、お前がここにいる」  退紅色の狩衣についた汚れを払い落としながら、仁木緒は稲若に問いかけた。稲若は悪びれない。 「ゆずかを探しに、ここへ来ていたんだよ」 「そ、そうか……」  すぐ泥蓮尼にも厳しい視線を向けた。 「あなたにも、聞きたいことがあります。稲若とは顔見知りですか」  能原門継との関りを真っ先に確かめるつもりだったが、とっさに口を突いて出たのはそんな質問だった。錦行連の言葉から、お互い見知っていることもたったいま知ったばかりだ。落ち着いているつもりが、か

          検非違使別件 七 ①

          検非違使別件 六 ②

           そのまま真っすぐ千歳丸の住まいまで行ってもよかった。だが、仁木緒は荒彦が女を殺めて火を放ったという藤原登任の邸を見ておくつもりだった。  白杖、退紅色の狩衣をまとった仁木緒の左右では、青菜を盛りつけたザルを抱えた女たちや托鉢の僧が歩いている。漆黒の牛車がゆったりと車輪を回していた。  右京三条の目的の邸前まで来ると、仁木緒は築地壁を見上げた。藤原登任の邸は庭園のどこかに巣でもあるらしく、カラスが群れている印象を受けた。  裏門へ回ってみると、黒焦げになった材木が置かれてある

          検非違使別件 六 ②

          検非違使別件 六 ①

           翌朝。 「舞姫さゆりの『笛吹童子』を演じていたという、ゆずかを検非違使庁へ連れて参れ」  仁木緒は稲若に命じ、家を出た。  看督長の詰め所に顔を出すなり、車座になって額を寄せ合っていた同僚たちの輪から橘貞麿が立ち上がった。仁木緒のたもとをつかんだ。 「仁木緒、とんでもないことになった」 「成房どのから聞いたろう。表向き脱獄などないことになったのだ。だからといって、荒彦を追わなくてよいというのではなく、検非違使の威信をかけて捕縛せよと命じられている」  てっきり荒彦の脱獄か

          検非違使別件 六 ①

          検非違使別件 五 ②

           稲若を自宅へ連れ帰ることにした。  朽ちた築地塀が崩れかけている路地が切れると、夕闇が迫ってきた。やがて、かすかに加茂川の涼風が届く左京のはずれに出た。  そのあたりは屋根に石の重しをのせた小さな家が建ち並んでいる。ところどころ畑もあって、路地では青菜を盛った籠をかかえた女たちや、鍬を肩にかついで牛を引いている年寄りと行き合った。  以前大きな氾濫があって村が流されたものの、今年になってまた人が戻って来ている。  仁木緒を見つけた人々は道を譲り、腰を折っておじぎした。 「

          検非違使別件 五 ②

          検非違使別件 五 ①

           尉の藤原有綱に従って、手燭を片手に仁木緒は暗い獄舎内へ進んだ。少し後ろを紀成房が重い足取りでついてきている。  左獄では荒彦こと能原門継が最奥の独房に隔離されていた。板にうがった穴に、それぞれ両手首と首を拘束され、足には鉄の枷がつけられて壁面につなげられているのだった。  房には放免の春駒丸と稲若がいて、藤原有綱と仁木緒、紀成房が入ってくると一礼してすみへ退いた。 「石見丸の殺害について、二、三、確かめていたところでございます」  春駒丸の言葉に藤原有綱がうなずいた。稲若が

          検非違使別件 五 ①

          検非違使別件 四 ②

          「官舎がある皇嘉門内から陽明門外の検非違使庁へご足労とは、よほどのことでありましょうな。先ぶれがあったとはいえ、まさかご本人がいまここにいらっしゃるとは信じがたい思いです」  権限のほとんどを検非違使庁に奪われ、すでに形骸化している刑部省だが、それゆえに検非違使に対する遺恨は深い。  仁木緒は背筋に冷たい汗を感じた。  刑部省がもし、荒彦と能原門継が入れ替わって儀式にのぞんだことを察知したとすれば、別当の責任問題として廟堂で取り上げられかねない。つまり、源経成の失脚の材料にさ

          検非違使別件 四 ②

          検非違使別件 四 ①

           石見丸の遺骸は獄舎裏の物置小屋に運び入れてある。雨じみの浮いた板戸を開き、稲若と共にそこへ足を踏み入れた。  土間に板戸が敷かれてあり、石見丸が横たわっている。腹から背に貫通していた杭は抜かれ、むしろがかけられてあった。  一目見るなり、稲若が再び泣き出した。しゃくりあげるような泣き方ではなかった。唇を引き結んで嗚咽をこらえて拳で何度も目元をぬぐうのだった。  合掌すると、仁木緒は覚えている経文を口の中で唱えた。隣で稲若も合掌している。 「生前は罪人として罰せられたとしても

          検非違使別件 四 ①

          検非違使別件 三 ②

           薄暗い獄舎に近づくにつれ、すえた異臭が強くなった。男たちの罵声とうなり声、ケンカ腰に言い争う気配が耳朶をゆらす。  同僚の看督長・橘貞麿と放免三人がいた。格子がはまった集団房の前で鉾を構えているが、突入の間合いをはかって佇立しているばかりだった。同じ房内では多くの囚人たちがたむろしていたが、当然ながら誰も能原門継のそばに寄ろうとはしない。 「荒彦、まずはその子どもを放せ。このような狼藉をして仏罰が恐ろしくはないのか? 石見丸の傷を診なくてはならぬ。怪我だけなら罪は軽かろう」

          検非違使別件 三 ②

          検非違使別件 三 ①

           検非違使庁で詰め所として使われている曹司へ入ると、普段の呑気さを忘れたかのようにせかせかと紀成房が近づいてきた。 「仁木緒、本日の儀式について、どう申し開きするか口裏を合わせておかねばならんぞ」 「はい、能原門継を荒彦として足枷をつけた件について、あの場で有綱さまにも口頭で伝えましたが、正式な解文を差し上げるつもりです」  おのれの職務に関する釈明である。一介の看督長・佐伯仁木緒が上流貴族である検非違使庁の長官と直に顔を合わせて言葉を交わすなどあり得ない。解文を上役の尉・藤

          検非違使別件 三 ①

          検非違使別件 二 ②

           それまで夢見心地であったらしい能原門継は頭をぶるっと震わせて、全身を強張らせた。信じられぬように周囲を見回した。すぐそばで自分を拘束している縄をつかむ仁木緒に気づくと、あごを引いてにらみつけた。 「おい、これはどういうことだ……ッ。お前は何ヤツじゃッ」  わめくなり、野次馬たちが指さしてドッと嘲笑した。 「罪人が愚かなことを聞いてやがる」 「狐狸にだまされたようなツラをしやがって」  野次馬たちを「うるさい!」と怒鳴りつけ、能原門継が肩をゆすって仁木緒に向き直る。 「ここは

          検非違使別件 二 ②