薄暗い病院の廊下を、機械音が不気味に響き渡っていた。モニターから、生命維持装置の警告音がけたたましく鳴り響き、緊迫した空気を漂わせている。

静かに震える手で、医学生の静香は電源ボタンを押した。画面に映し出されたのは、かつて親友だった美咲の微かな息だった。静脈に刺さった無数の管が、彼女の生命維持装置のようであり、無機質なそれらとは対照的に、美咲の瞳はどこか虚ろに遠方を見つめていた。

数日前、美咲は恋人の健太とデート中、突然の脳卒中に見舞われた。若く健康的な彼女に訪れた、予測不可能な脳の異常は、周囲を困惑させた。美咲は総合病院に搬送され、静香や他の医師団が必死に治療に当たったが、彼女の予後は依然として不透明だった。

健太がベッドサイドで美咲を見守っている。彼の手が、冷たく虚ろな美咲の手を触れようとした瞬間、静香が彼を引き止めた。

「美咲さんのご家族が到着するまでお待ちください」と静香。

健太は静かにうなずき、少し離れた場所に移動した。静香の視線は、再びモニターに戻った。美咲の脳波は乱れ、容態の悪化を物語っていた。

そのとき、病院のドアが開き、美咲の両親と兄の貴志が駆け込んできた。彼らの表情には、絶望と恐怖が刻み込まれていた。

「美咲、大丈夫なの！？」と母の芳江がすすり泣きながら尋ねる。

静香は冷静に答える。「懸命に治療にあたっておりますが、残念ながら予後はまだわかりません」

芳江は言葉に詰まり、泣き崩れる。貴志が彼女を支えた。美咲の父・誠一郎は、重い面もちで静香を見つめている。

「美咲は事故でしょう？どうしてこんなことに……」と誠一郎。

「事故ではありません。美咲さんは脳卒中です」と静香は低く語った。

「脳卒中？こんなに若いのに」と芳江が驚いた。

静香は美咲の病状を詳しく説明し、両親は悲しみとショックに打ちのめされた。貴志は冷静さを装おうとするも、目は涙で潤んでいた。

「美咲は学生時代、果物と野菜だけを食べるなど、極端なダイエットをしていました」と貴志が言った。

静香は驚いた。美咲はいつも健康的に見えたからだ。

「極端なダイエット？」

「はい。摂食障害だったんです」と貴志は続けた。「私たちは心配していましたが…」

摂食障害が美咲の脳卒中に関連している可能性があることを静香は理解した。脳卒中は通常は高齢者に起こるものだが、過酷なダイエットや過食症などの生活習慣によって、若い人でも起こることがあるのだ。

それから数時間後、美咲の容態は悪化の一途を辿った。モニターのバイタルサインは急低下し、静香の胸は不安で重苦しくなった。美咲の両親と健太は、医師たちが必死に蘇生を試みる様子を息をのんで見つめていた。

「どうか、美咲を助けてください！」と芳江が訴えた。

静香は自分の無力さと悲しみに打ちのめされた。彼女はできる限りのことを尽くしていたが、もはや美咲の運命は医師の手を離れようとしていた。

数分後、モニターの音が静かになった。美咲の心拍は、止まった。医師たちは蘇生措置をやめた。美咲の両親は悲鳴を上げ、泣き崩れ、健太は打ちのめされて崩れ落ちた。

静香はベッドサイドに駆け寄り、美咲の冷たくなった手を握った。彼女の瞳にはもう輝きがなかった。

美咲の両親は、悲しみに打ちひしがれ、慰めを求めるように寄り添っていた。健太の泣き声が病院の廊下に響いていた。静香は彼らのそばに立ち、静かに祈りをささげた。

その夜、静香は自宅で美咲の死について考えた。摂食障害が、その若く美しい命を奪ってしまったのだ。摂食障害は見た目だけの問題ではなく、深刻な病気であり、命を脅かすものだということを、静香は痛感した。

美咲の死は静香の心に深い傷を残した。彼女は、もっとできることがあったのではないかと自問した。そして、美咲のような悲劇を未然に防ぐために、自分が何かをすることを誓った。

美咲の死は、悲しみと後悔に包まれていた。

数日後、静香は美咲の葬儀に参列した。かつての親友の無残な姿を見るのは辛かったが、静香は彼女に敬意を表すため、最後の別れを告げに来た。

美咲の両親は憔悴しきった表情で、黒い喪服に包まれ、棺の前で静かに祈りを捧げていた。健太の姿は見えなかった。参列しないことを決めたと聞いた。

静香は美咲の遺影に手を合わせて、どうか安らかに眠れますようにと祈った。悲しみからか、美咲の両親が静かに語り始めた。

「美咲は…ずっと自分に自信がありませんでした」と芳江が震える声で言った。

「自分の容姿に劣等感を抱いていて、自己肯定感がとても低かったんです」と誠一郎が続けた。

静香はよくわかっていた。美咲は常に外見にこだわり、果物と野菜だけの極端なダイエットを繰り返していた。それらの行動の背景には、自分自身を認められないという自己否定感が潜んでいたのだ。

「美咲の摂食障害は、私たちの責任があるのかもしれません」と芳江が言った。「もっと早く気づいて、助けてあげるべきだった」

静香は両親の悲しみと後悔を理解した。親として、自分の子供を守れなかったという自責の念は計り知れないものがある。

葬儀の後、静香は貴志に連絡を取った。貴志は美咲の死後、過酷なダイエットの危険性について声を上げ、摂食障害の予防活動に取り組んでいた。

静香は貴志の活動に感銘を受け、摂食障害に苦しむ若者たちをサポートしたいという思いを共有した。彼らは力を合わせ、若者の摂食障害の予防とサポートに取り組むことに決めた。

美咲の死は悲劇だったが、それは静香と貴志にとって摂食障害の恐ろしさを訴え、命を守るための活動をするきっかけとなった。彼らは美咲の無念を晴らすために、その物語を伝え、行動を起こし続けることを誓った。そして、将来の美咲たちが同じ悲劇を経験しないように願った。