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舌がおぼえている

NHK朝ドラの「ちむどんどん」をだいたい毎日観ている。
料理を舞台とするドラマや小説が好きなのである。
特に今の背景となっている昭和30年代を彷彿させる人間関係が気に入っている。

主人公暢子のぶこは沖縄から出てきて横浜のフランス料理店で修業中である。
沖縄出身のオーナー大城房子(原田美枝子)の厳しさと高嶋政伸演ずる優しいシェフの対比と取り合わせがいい。
暢子はすべてに前向き過ぎて滑ってしまう自分に気が付けない。
それをオーナーとシェフとで軌道修正して前進させていく。

そんなところに平成、令和と失ってしまった昭和の優しさ、温かさを懐かしく感じるのである。

昭和60年(1985年)に私は社会に出た。
世はバブルを迎えており浮かれはしていたが、仕事がたくさんある分たくさん働かされた。
それなりの責任も持たされて、長時間働かされた。
土日は無く、残業時間100時間などなんのその、といった感じで会社の中で育てられた。

皆で乗り切ろうとする中に会社は多少のゆとりも与えた。
だから、『育てよう』という気持ちを皆が持てたのであろう。
私も含めて問題児は多かった。
でも見捨てること、切って捨ててしまうなんてことは一切なかったのである。

そんな懐かしさをこの『ちむどんどん』に感じているのである。

先週、大阪は阿倍野にある近鉄百貨店の食料品の特設コーナーで私の郷里の『みたらし団子』を見つけた。
懐かしく、初めて並んで団子を買った。
それは、まさしく愛知県豊橋、豊川で食べた味であった。
瞬間、豊川の風やら空気を思い出す、母と兄の思い出の詰まった昭和のみたらし団子の味であった。

人の味の記憶は一生ものだと思う。
良い思い出ばかりではないかも知れない。
仮に良くない思い出も年月が風化させて記憶の角々を削ってくれる。
嫌だったこと悲しかったことでも、「あんなことがあったなぁ」くらいで済むのである。

子どもの頃の普通の日、母に手を引かれ、兄とともに連れて行かれた豊川での昭和を思い出した。
月に二度ほど広い空き地に立った市で買ってもらったみたらし団子を思い出しながら大阪は阿倍野で買ったみたらし団子を妙にしょっぱく感じながら頬張ったのである。


それにしても、原田美枝子は歳をとったなぁ、、


🍡団子の話です


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