見出し画像

天才の教科書パスカル『パンセ』、あなたも読みますか?

「正義は議論の種になるが、力は非常にはっきりしている。そのため人は正義に力を与えることができなかった。」

「悪いが、俺は誰かがパスカルを引用したら、用心すべきだとかなり前に学んでいる。」

「ははは、そうくると思ってたよ、オルテガだな。もしも君がパスカルを引用したら、やっぱりボクも同じ言葉を返しただろう。」

これは、アニメ PSYCHO-PASS 16話『地獄の門』でのシーン。メインの2人が初対峙したとき、交わされた言葉です。Youtubeなどに挙がっているかもしれません。

1文目で語られた一節はパスカル「パンセ」298からで、その全文は以下です。

正義、力。
正しいものに従うのは、正しいことであり、最も強いものに従うのは、必然のことである。力のない正義は無力であり、正義のない力は圧制的である。
力のない正義は反対される。なぜなら、悪いやつがいつもいるからである。正義のない力は非難される。したがって、正義と力とをいっしょにおかなければならない。そのためには、正しいものが強いか、強いものが正しくなければならない。
正義は論議の種になる。力は非常にはっきりしていて、論議無用である。そのために、人は正義に力を与えることができなかった。なぜなら、力が正義に反対して、それは正しくなく、正しいのは自分だと言ったからである。
このようにして人は、正しいものを強くできなかったので、強いものを正しいとしたのである。

前田陽一・由木康 訳 「中公バックス パスカル」 より パンセ B298

パスカルさんって?

ヘクトパスカルのパスカル(1623年 - 1662年)さんです。
パスカルさんは1623年生まれ、徳川家康の没年が1616年なので、江戸初期ごろにあたります。ブレーズ・パスカル(Blaise Pascal)、フランスの哲学者・数学者・自然科学者など、業績満載の方です。先程のヘクトパスカルに関連する、圧力の研究"パスカルの原理"は小・中学校で習われたと思います。

この方、早熟な天才と名が知れ渡っており、17歳のときに現存する最古の計算機を作っています。

同時代で有名な方にデカルト(1596年-1650年)がいます。「我思う故に我あり」いわゆるコギトですね。「パンセ」には、パスカルさんはデカルトの「神の存在証明」に否定的だったとみれる記述があります。デカルトさんの無神論に近い思想が許せなかったようです。一方、デカルトさんとしても、パスカルさんよりも30歳ほど年長ですが、彼もパスカルさんをライバル視していたようです(ソース探しています)。そう、2人の関係性を象徴できる事柄として、パスカルさんのキリスト教(カトリック)への敬虔さがあります。パスカルさんは、キリストへの大きな回心を2回体験しています。1度目は23歳、2度目は31歳の時です。その2度目の回心は「パンセ」B553に残されています。

さて、パスカルさんは、数学研究や計算機発明など、理系的天才だったのですが、これらに劣らず、哲学・思想にも天才ぶりを発揮していたようで、当時の社交界では有名だったようです。しかし、パスカルさんには文科的成果としての主著がありません。残されなかった原因は、パスカルさんが夭折しているからもしれません。パスカルさんの智は、生前に断章として書き留められていました。それが後に「パンセ」と呼ばれるようになります。

「パンセ」とは

フランス語で「パンセ(pensée)」に由来し、考え、思考などを意味します。パスカルさんの断片的なメモ書きを集めたもので、約1000の箴言からなります。構成は以下の通り

  1. 第一章 精神と文体とに関する思想

  2. 第二章 神なき人間の惨めさ

  3. 第三章 賭の必要性について

  4. 第四章 信仰の手段について

  5. 第五章 正義と現象の理由

  6. 第六章 哲学者たち

  7. 第七章 道徳と教義

  8. 第八章 キリスト教の基礎

  9. 第九章 永統性

  10. 第十章 表徴

  11. 第十一章 預言

  12. 第十二章 イエス・キリストの証拠

  13. 第十三章 奇跡

  14. 第十四章 論争的断章

「第六章 哲学者たち」までは予備知識なしで読めます。第七章以降を読み進めるには聖書やキリスト教の知識が必要になってきます。前述のとおり、パスカルはとても敬虔なキリスト教徒でした。「パンセ」の後半は、"天才パスカル"と"信心深いパルカル"、それらが綯い交ぜになり、

「よほど熱心な教徒でないかぎり共感を抱くことはないだろう」

山上浩嗣『パスカル『パンセ』を楽しむ 名句案内40章』講談社学術文庫

と書かれるほどです。現に、わたしも「パンセ」を愛読していますが、後半のキリスト教関連は読みません。

どの本を買えばいいか

さて、「パンセ」を読むには、どの本をを選べはいいのでしょうか。現在、入手できる「パンセ」は、次があります。

  • 由木ゆうきこう 訳 イデー選書,白水社,1990

    • もともと由木康 訳 の「パスカル冥想録 パンセ」があり、下記の中公版訳はこの訳が元になっていたのでしょう。ちなみに、由木康(1896 – 1985)さんは「きよしこの夜」を日本語歌詞に訳された方です。この本がすきで、一番使っているかもしれません。


一緒に持っていた方がいいかもしれない副読本

オススメのユースケース

結局、どれを持っておけばいいでしょうか?
2パターンがあると思います。

その後には

パンセの言葉は、再読の度に新しい発見があります。
もともと、パンセ自体、先に述べたとおり、約1000もの箴言があり、早々に読み尽くしてしまう本ではありません。読む年齢、タイミングにより読み取れる意味も変わってきます。

人間の偉大さは、人間が自分の惨めなことを知っている点で偉大である。樹木は自分の惨めなことを知らない。

だから、自分の惨めなことを知るのは惨めであることであるが、人間が惨めであることを知るのは、偉大であることなのである。

前田陽一・由木康 訳 「中公バックス パスカル」 より パンセ B397

「パンセ」を手に取ると、次は、オルテガ・イ・ガセット 『大衆の反逆』を読みたくなったりします。

岩波文庫で新訳(2020/04)も出ており、わたしはこちらを持っています。

オルテガに関しては別の機会に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?