うねり〜踊らない二人〜感想/描かれなかった日々を思うと踊平と雷舞の成長に涙が止まらない件について

●一旦、脚本の時系列を整理する
・ごく幼少期:踊平の父親が家を出て行く(踊平は父親の顔を覚えていないが、涼華が「お父さんのダンスの相方のまあくんよ、覚えてないの?」と言っているところから物心はついているはず、3〜5歳頃かな? または、伝説が家に来ていた時期が相方に置いていかれた妻子を気遣ってのことだとすれば、父親が出て行ったのはもっと前かもしれない)
・8歳:幼馴染トリオでソーランフェスティバルに行き、踊平と雷舞はいつか自分たちも出場すると約束をする
(幼馴染トリオ、全員ダンスを始める? 亜樹はその後辞めている)
・?:雷舞が腰を壊す
・?:踊平と雷舞は全国大会決勝でコンビを解消&ダンスをやめることを決める
・15歳:踊平と雷舞はダンスの全国大会に出場し、優勝する。それを機に二人はダンスを辞める。
・16歳:幼馴染トリオ、夕北高校へ入部。亜樹と千尋はダンス部マネージャーに。2as1を勧誘するが断られる。
・18歳4月:幼馴染トリオ、同じクラスに。
〜本編〜
・18歳6月:ソーランフェスティバル?(現実のYOSAKOIソーラン祭りは6月上旬札幌開催)

●夕北高校
夕張から来た〜みたいな台詞がどこかにあったような気がするが、夕張はめちゃくちゃ道央。雷舞パパは漁師なので海沿いの街だと思うんだけどなー? ちなみに夕張と仮定すると札幌までは電車で約2時間。北海道って、でっかい。
※なお最終シーンで伝説の「ナマコ漁でもやって稼げよ!」という台詞があるが、ナマコは道南で採れるらしい。北海道、青森県、山口県はナマコ漁獲量が多い。まったくの余談だが、ナマコの特に有名な産地に檜山地方がある(函館市 食の魅力発信サイト「おいしい函館」より:https://www.oishii-hakodate.jp/seasonal/namako/#)。余談すぎた。

道央か道南かはさておき、校長、警備員さん、伝説乃舞(、伝説がそうなら恐らく踊平の父も)は少なくとも夕北高校出身。生徒数の減少により廃校寸前らしい。男子生徒たちの家業も漁師、寿司屋、酒屋、魚屋と明らかに代々地元にいたと思しき職。また、今どき町内放送まである(港町なら津波時用にもなるし今でも残っているのかな?)。これらの描写から、古き良き地方の小さな町の画が浮かんでくる。

●結局二人がダンスを辞めた詳細な経緯は? そして決意はいかにして覆されたのか?
〈踊平〉
A.「母さんに迷惑かけたくない。」「踊平は昔からお母さん思いだから。」
B.「じゃあ、踊平は雷舞のために……?」「俺が踊り続けたら、雷舞も無理して歩けなくなるまで踊り続けると思った。」

〈雷舞〉
C.「俺踊平と違って才能ないからさ、正直あの時にやめられてホッとしてる。」「怖かったんだと思う、才能ないのに続けるのが。」
D.「言われたよ。このままダンス続けたら、いつか歩けなくなるかもしれないって」
E.「言ったろ。お前とじゃなきゃ踊らないって。」「さあ? 踊平と一緒じゃなきゃ、やりたくないんじゃない? 昔っから何でもかんでもそうだったし。」

「へえ、俺そんなヌルい気使われてたんだ? そんな理由だったら、お前と一緒にダンス続けたのに」の台詞から、踊平は雷舞にBの理由は一切開示していなかったことがわかる。
この台詞と冒頭の踊平の「高校入ってもダンス続けろよ? ダンス部とか入ってさあ、違う相方見つけて」からダンスを辞める言い出しっぺは踊平だろう。
Aの理由も踊平にとって重大な本音ではあり、それと同時に建前でもある。恐らく雷舞にダンスをやめようと言い出した時に理由として挙げた。踊平の家の事情は幼馴染なら当然知っているし、そこを理由にされれば(両親揃っていて、さらに家業を手伝うことも求められていない)雷舞が追及することは出来ない。そして母親に対して恩を着せないために、そして自らの未練を断ち切るために「ダンスとかもう全然興味ない」と自らに呪いをかけるかのように繰り返している。

ところで雷舞の腰のこと、中学生なら小児科だと思うけどあのどう見ても雷ちゃん命の両親は知らないのか? 腰を痛めていたこと自体は亜樹も知っていたわけだが、「歩けなくなるかも」と医者に言われた件については踊平にしか共有されていない……?
あるいは両親の方はこの3年で雷舞の腰がさほど問題ないところまで回復していることを把握しているから、またダンスを始める息子に対して前向きなのか。
まあこの辺はあんまり掘り下げると保健室で「3年でだいぶマシになった」「今回だけは」とか言ってるレベルのヤバ腰なのにしれっとがっつりダンス再開してバリバリハードワークしてることが気になってくるので、割愛。現代医学のマジカルパゥアで治ったのかも。それとも東京の病院が頑張った?

話が逸れた。
一方、雷舞の辞めた理由である。
ここで重要視したいのが、保健室のシーンで踊平は雷舞に「お前はダンスを踊るな」と言うのではなく、「俺も降りるからお前も一緒にやめよう」と言うところ。踊平は、亜樹も言っていたように「踊平と一緒じゃなきゃやりたくない」と言い出すことをわかっていて、中学3年生の時、ダンスを辞めると宣言した。その思惑通りことが進んだのだから、まあ主因としてはEが理由だろう。もっとも今回は踊平の想定通りにはいかなかったが。

そして雷舞本人が言っていたCからは、常に朗らかな雷舞の影が見えてくる。

雷舞自身、自分がこれまで踊平と一緒じゃなきゃ何もしてこなかった(何かをやること/やめることの理由には常に踊平があり、"自分がこうしたいから"が芯になかった)ことを自覚していたはずだ。「ダンスの天才である踊平についてきて不器用な自分がダンスを始めてしまったのだから、彼がやめるのであれば自分も続ける意味はない」というわけである。やや卑屈で自己肯定感の低い姿がそこには表れる。皆から慕われ、両親からは一心に愛情を受け表立って誇りだと公言され、その上で卑屈な精神がどこかにあるのは、雷舞が「"自分が"やりたいことを選択してこなかった、主体的な生き方をしていなかった」後ろめたさを感じているからに他ならない。また、あるいは父は15で海に出て漁師になり、同級生たちは早々と家業の手伝いをする中、「普通の高校生」を漠然と続ける自分への焦燥もあったかもしれない。

雷舞がそれを打破する瞬間こそがショッピングモールの秘密の練習場での彼の台詞「だから! ……俺、踊平がいなくても、ソーランフェスティバル出ようと思って。」なのだ。
しかもそれは、作中で雷舞ひとりの思考の変遷・決意によって行われる(つまり踊平のように第三者からの介入のシーンが描かれない)。

その少し前の公園でコーラを飲む(飲んでない)シーンでは、雷舞は「"踊平と"ダンスをする」ことにこだわっている。
その重大だった前提が短期間で覆されるのは、雷舞が改めて「"自分"は"何を"やりたいのか?」を自ら問い直したからではないだろうか。彼は別に、"踊平と"を捨てたわけではない。ただ、そこが叶わないことを理由に(つまりある意味踊平のせいにして)自分のやりたいこと自体を捨てるのは良くない、ということに気がついたのだ。
もちろん、雷舞の方も、踊平が自らかけた呪いに囚われながら本心ではダンスに焦がれていることには気づいていたはずだ。自分が主体的に(踊平の選択に委ねる形ではなく)動くことが、踊平の呪いが解けるきっかけになるかも、と考えていた可能性は否定できないことは注記しておきたい。

さて一方、踊平の呪いを解いたのは踊平自らではなく、母を始めとする周囲の人間だ。母に本心を言い当てられ、雷舞の前で自縄自縛の自身をさらけ出し(「母さんのため、ってカッコつけてただけみたいなのが、最強にダサい」)、それを肯定されたうえで彼が本心から取りたかった選択肢を差し出される。
「俺たちもうとっくにカッコ悪いよ。どうせカッコ悪いなら、やりたいことやりたい。」
そう言われてようやく踊平は、ダンスしたいという欲求を選びとる自身を許せたのである。

独りよがりに選択して壁にぶつかり、そして他者に本当の答えへ導かれた踊平と、他者に依って立ってきて、ようやく自らの意思で自らの答えを出した雷舞は、その精神の動きすら好対照をなして再び同じ道へと合流する。

●雷舞、東京へ行く
踊平、銀八、耕治の3人はそれぞれ大学へは進学せずに家業を継いでいる。小さな港町と考えれば、極めて自然な流れだろう。
その上で、「いっぱしの漁師」「15で漁に出た」勇次の息子である雷舞が、まったく家業と関係のない東京の医学部に進学する。とことん勇次登場時の台詞「本当に俺の息子かってくらい出来がいい」を地でいっている。作中で雷舞が東京を、そして医学部を目指す理由が明確に明かされないのは本当に残念なのだが……。

雷舞は元来不器用(運動が苦手)で真面目、努力家な人間と称される。冒頭、福住先生に「いいから、数学の授業してください!」と言うあたり、勉強も嫌いではなさそうだ。

雷舞の両親が優秀な息子を見て「早々に海に出すよりも、大学に進学する方が彼の未来が広がる」と思ったかどうかはわからないが……覚醒前の主体性のない雷舞を心配して、彼がいつか自分で何かを選ぶときの選択肢を増やしてやりたい、と親心を働かせた可能性はある。

とはいえそれはあくまですぐに家業を継がずに大学に行く理由であり、東京に行く理由は未だにわからないが……。
家業があるひとりっ子なのに進学を選ぶのは小さな町ではレアケースだから好奇の目に晒されないように町を出る!とかなのだろうか。

そしてそれにしてもなぜ、漁師の仕事にも関係する農学や環境経済、商学ではなく、医学部? やはり腰のことなのか? そして彼は医者になったあと果たして夕北に戻ってくるつもりなのだろうか。

ところで、公園でコーラを飲むシーンで雷舞は踊平に「卒業したら、跡、継ぐの?」と普段の踊平を見ていれば分かりきっているはずの問いを投げかける。実はこの時、既に雷舞のなかでは東京進学の選択肢が浮かんでいたのではないか。踊平が雷舞に同じ質問を返さなかったため答えはわからないが、そうだとすれば雷舞が鬼気迫る様子で「約束を果たしに行かないと!」と訴えるのも腑に落ちる。
北海道に残る踊平と、東京へ出る自分にとって、「一緒にソーランフェスティバルに出場する約束を果たす」最後のチャンスなのだから。少なくとも雷舞はこの時そう考えていたはずだ。
そして本編を経て、自分の殻を破り「俺は、やりたいことをやりたい」と言い切れる強さと仲間を身につけた雷舞だからこそ、東京に出た後も踊平とダンスを続ける未来を掴んだのだ。

個人的には雷舞が踊平に東京の大学を受験することを告げた時、2人の間でどんな会話がなされたかは非常に気になるところである。

●余談:ふたりひとりぐみ
耕治と銀八のダンスユニットこと、ふたりひとりぐみ。この2人も似たもの同士の仲良しに見えて、なかなか好対照だ。路上ライブで「るるる〜♪」しか歌えなかったり、壮行会での雷舞の挨拶で「銀八よりはマシかなって笑」と言われたり何かと不器用かつ愛嬌・お調子者枠の銀八と、ダンスは不明だが少なくとも歌えるし作詞作曲ができてギターが弾ける耕治。というか耕治は恐らく多趣味で何事にもチャレンジしたいしその上で結果も出したい貪欲な耕治と、恐らく耕治に誘われるまま一緒にいろいろしている銀八。平和なジャイアンとスネ夫のように小学生くらいからずっと連んでそうである。
もはや数十年後に町内会の会長をしている耕治と、なんやかやの雑事をさせられつつ打ち上げは率先して仕切る銀八の姿が目に見えるようである。

●余談2:千尋と亜樹の進路
家業が明かされていない女子組が2人とも大学に進学している点も興味深い。千尋が道内の大学で教職を取ろうとしているのは福住先生の影響だろうか? だったらいいのにな。単位が多くて大変と話す千尋に目を細めるかつて自分も教職課程に苦労しただろう福住先生、好きですドゥクンドゥクン<アッダイジョウブデース。
亜樹が東京の大学に進学したのはやや意外だったが、「なんかいいことあったんじゃなあい?」で東京の男との恋愛を匂わされることで改めて「この物語は恋愛系青春ストーリーではなく、熱血スポ根青春ストーリーである」と念を押されているような気がする。

●余談3:伝説乃舞と風間〇〇、涼華への妄想
伝説乃舞が高校を2年で中退している点が気になっている。作中では一切語られないが、踊平の父も一緒に高校を辞めていないだろうか? ダンスのために。
涼華は「お父さんのダンスのクセとそっくり」と、見なくなって10年以上は経っているはずなのに言い切る。それだけ夫(と伝説)のダンスを見てきたのだとすれば、2人の付き合いはきっとかなり長く、そして涼華もダンスが好きなのだろう。
涼華の年齢設定がいまいちわからないが、まあこういう小さめの地方の町だと結婚も出産もそれほど遅くはないはずだ。涼華は個人店があるからキャリアアップを考えなくてもよいし。となると20代前半で踊平を産んだと仮定し、大体現在40代前半……といったところか。いやでも伝説は40代にはちょっと見えなかったな……細かいところは追及しない方がいいかもしれない。
涼華とまあくん、そして踊平の父。この3人の青春の日々は、ユニットの解散と雲隠れという形で終わった。踊平と雷舞、そして仲間たちの日々がどんな枷にも負けず、少しでも長く続いていくことを願うばかりである。

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