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故郷の虹に思う、物理的距離と心理的距離

今朝起きたら、インスタのタイムラインに虹の写真が溢れていた。

なんてハッピーなんだと思っていたら、地元・福岡の空に大きな大きな虹が出ていたらしい。Yahoo!ニュースのトップにもなっていた。

みんな、それぞれの場所からそれぞれの角度で写真を撮ったみたい。なつかしい街並み。

「お母さんたちも、見たかな」とふと思う。けれど「昨日大きな虹が出たって本当?」なんて母に話題を振るのはちょっと照れくさい。

先日、こんなツイートをした。

地元を離れた人で同じように思う方は多いかもしれない。特にわたしの場合はアメリカにいる。サンフランシスコ→東京まで約10時間、そこから東京→福岡まで約1時間半。

帰省は年に1回が精一杯。ここ数年は妊娠出産も相まって、長くて2年ぶりということもあった。

これらに関して、どこか心の中でずっと罪悪感を持っていた。

故郷である福岡は生活環境が良く、仕事もそこそこあるので、地元に残る人がとても多い。友人の半数以上は子育てを実家の近くでやっている。

うちの父はとても子ども好きだ。遊ぶのがめちゃくちゃうまい。母は「頭の中が同じレベルだからよ」と辛辣なコメントをするけれど、実は子どもがあんまり得意じゃなかったわたしは父のそんな姿を見るたびにいつも感心していた。

父は、ときどきポロリと本音を漏らす。

「いいなぁ、みんなは孫が近くにいて」

こう言われるといつも申し訳ない気持ちになる。と同時に、実家の近くで子育てできたら楽しかっただろうなぁ(そのぶん煩わしいことも多いだろうなぁ)、とか思う。

前出のツイートをしたところ「同じ日本にいたって、同じ県にいたって会わない人はたくさんいますよ」とコメントをいただいた。

そうか、とハッとする。

物理的距離ばかりにとらわれていたけれど「会う/会わない」は心理的距離も関わってくるのか。

もし両親からしたら、遠くにいるから会えないのと、近くにいるのに会えないのとでは、後者のほうが断然寂しいかもしれない。

心理的距離がなくても「いつでも会える」という安心感は足を遠ざける大きな要因になってしまう。地元の親友グループで集まると「隣の県に住んでるマコより、アメリカに住んでるミカのほうが定期的に会ってるよ(笑)」などと言われる。

年に一度の大掛かりな帰省だからこそ、会いたい人には計画的に会うようにしているし、子どもが生まれてからはなるべく家族の時間を優先している。

時間は有限なので、会う人を厳選しなければならず、友達はどんどん減ってしまったけれど…。

わたしには長男が生まれて以来、3年以上ずっと続けている習慣がある。それは「家族共有のSNS(wellnote)に子どもの写真や動画を一日一つ以上アップすること」だ。

いま日数をカウントしてみたら1200日近く続けていた。

wellnote(ウェルノート)はFacebookの家族版のようなもの。実家・義実家の両親、兄弟がそれぞれ登録している。両親ズは孫たちの写真をいつも楽しみにしているらしい。

正直、子どもは毎日成長すると言ったって、昨日と今日では、さほど変化はない(笑)。そんな中、なんとか一日のハイライトを見つけては写真や動画におさめてきた。キャッチコピーとともに。

これはなかなか孫に会えない父母たちのために始めたもの。きっと、海外に住まなければ、こんなことしてなかった。遠くにいる甲斐があるとも言える?

携帯のアプリから簡単に見れるので、ときどき夫と見返しておもしろ動画に笑ったり、長男と次男の同じ生後日を比較したりしている。

育児日記は3日坊主だったのにな。じいじとばあばが寂しくないように、と始めたことが、わたしたちにとっても思い出を振り返る良い機会になっている。それって、なんかいいよなぁ、と思うのでした。


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Mica(ひらいみか)

言葉と文章を愛する人を応援したい/元情報誌のエディター/二児の母(3歳1歳)/サンフランシスコ郊外在住/生粋の博多っ子/午後の紅茶×note「紅茶のある風景」審査員特別賞

30代からの自己改革

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