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【東京巻き込み育児 #03】とうとう東京へ引っ越し…!「マンション社会」の洗礼

太陽の国・カリフォルニアから一転、予期せぬ“東京生活”。
サンタモニカと違い、ママにとって苦しい“東京の子育て環境”の中、周囲を巻き込むことで4人の子どもを育てた私の経験からお届けする【東京巻き込み育児】。
姑との関係性の苦悩をお伝えした前回。今回は、「とうとう東京へ引っ越し!マンション社会の洗礼編」をお届けします。

前回はこちら  ↓

■夫の巧妙な「心理作戦」で骨抜きにされた私

さて、新居を決めるにあたり、私の意見はひとつも通らなかったことを、まずは明記しておきます。はい、たったの一つも、です。

しかしながら、ただでさえ東京移住に反対して“ガルルルル”と唸る私を伴い、夫は巧妙に、そして見事、穏便にコトを運び、移住に成功したのでした。そんな夫の手口は以下の通りです。

(1)世田谷区の一等地にある新築マンション

まず一番最初に、世田谷区の一等地にある新築マンションを内覧。きれいにコーディネートされた部屋を見て、思わずフワっとしてしまう。近隣の公立小学校は評判がよく、わざわざ子どものために越して来る人もいるという説明に、またもやフワっとしてしまう。

(2)目黒区の中古マンション

フワっとした心を胸に抱え、目黒区の中古マンションへ。 中古なので、新築より広いところに、再びフワっとする。しかし、ここは賃貸ではなく中古販売だった。「買えるの?」と問う私に、「買えなくも無い」と夫の返答。フワっ。(肯定も否定もしていないところにご注目下さい)

(3)静かな環境の中古マンション

このとき既に、すっかり牙を抜かれ、フワフワした私を連れ、大きな公園が徒歩圏内の、静かな環境の中古マンションへ。天井低い、日当たり悪い、部屋狭い、台所狭い住まいに驚愕し、フワっとした気持ちはみるみるぺしゃんこに。

上記3軒の内覧を終え、さて具体的な交渉に入ります。もちろん、夫と私の間での交渉です。

拠点が実家だった為に、私の両親を交え、報告・検討の会合を開きました。そこで「広いところがいい、あんな狭いところは嫌だ」と単なる駄々っ子のように主張する私に対し、夫と両親がタッグを組み向き合う形に。

そこで夫と両親チームは、駄々っ子私チーム(1人)に向かって、あらゆる現実的要素を目の前にずらりと並べ、(3)静かな環境の中古マンションの選択肢が妥当だということをまざまざと見せ付けたのでした。理路整然と説得され、単なる駄々っ子の私はぐうの音も出ず、打ちのめされました。フワっとした気持ち?そんなものあったっけ……。

そんなこんなで、まずはキラキラした東京生活をちらつかされ、まんまと骨抜きにされた私は、簡単に陥落してしまったのです。

結果、私達は(3)のマンションに住むことになりました。

■都会の賃貸マンション「初の洗礼」

それほど広くない間取りの賃貸マンションなので、子どものいない世帯、お年寄り1人や、夫婦2人という世帯も多いところでした。そして運悪く、すぐ下に住んでいたのが、生活スタイルが全く異なる夫婦世帯だったのです。

引っ越して間も無く、まずは管理人さんを通じて苦情が来ました。「ボールを投げる音、走り回る音がする」と。

当時、長女はまだ幼稚園入園前、次女はヨチヨチ歩きの頃でした。毎日できるだけ児童館や公園などに行くようにはしていましたが、外出できないときもあります。雨の日もあります。

昼間の子どもの行動を全て制限するのは、ハッキリ言って無理がある……泣きたい気持ちで、私達は菓子折りを持って謝罪に行きました。出迎えてくれたのは、笑顔の女性。「子どものことだから、まあ仕方ないですね」と。心からホッとしましたが、事態はこれでは収まらなかったのです。

■止まない苦情

苦情はそれからも続きました。下に住む人の言い分は、全て管理人さんからの手紙で伝えられます。私は精神的に追い詰められていきました。狭いマンションでの年子2人の育児と家事で、そもそも「余裕の“よ”の字」も無い状態です。防音のコルクマットを敷いても、焼け石に水のようでした。

その頃の年子姉妹は早いときは7時頃、遅くとも8時には就寝していました。夜に騒ぐことは一切ありません。子どもが遊ぶのは昼間です。

それを咎められるのは、私達にここに住むなと言っているのと同義です。子どもに、生きるなと言っているのと同義です。

また、マンションの構造は、真上じゃなくとも響くもの、というのは夫の主張でした。「下の人が聞こえている騒音は、ウチだけじゃないかもしれない」

意を決して、夫と共に下の家をもう一度訪ねました。謝罪しつつも、こちらの言い分を言わせてもらおう……そう決心していました。

■「いつもうるせえんだよ!」と叫ぶ半狂乱の女性


今度玄関を開けて出てきたのは、男性でした。夫婦なのか、同棲なのかは分かりません。驚いたような顔で、自分は何も知らないということを私達に告げました。

ところがその背後から、

「いつもうるせえんだよ!!」

と怒鳴る女性が向かってきたのです。驚く私達の目の前で、男性が「お前はひっこんでろ!」と制止し、もみ合いながらドアが閉まりました。

その後、どれくらい経った頃でしょうか。ある日夫は、その女性が、彼女の母親らしき人と、少なくない量の荷物を持って、マンションから出て行くところを目撃しました。

下の階に住むカップルは、私達が原因で別れてしまったのだろうか。あの女性は、夜に働く生活スタイルだったのだろうか……。全ては闇の中です。何とも後味の悪い出来事でした。

今思い出しても、当時の私にかける言葉が見つかりません。遥かに大人になっている今となっても、どうすればよかったのか、皆目見当がつかないのです。

私たちが出て行けば良かったのだろうか。でもどこに?どちらも出て行かず、共に生きる道は、本当に無かったのか……。

考えても考えても、答えは出ません。そんな私たちの東京生活は、まだ始まったばかりでした。

★今回の教訓★
(1)住居選びはフワフワせず、地に足をつけて取り組むべし。
(2)狭い都会は、子持ち世帯にとってサバイバルな環境である。



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