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「私の不幸の元凶」とまで思って恨んでいた父を自然と許せた話

「思考と心の断捨離」であれよあれよと27kg痩せた人、かいみさです

私のストーリーを当時の写真と共にお送りしています

前回が小学生頃のお話

流れ的には、中学生、高校生…といきたいところなのですが、面白いくらいに、思い出せません!!
「え…私にもあったよね?中高生時代」みたいな
写真なら、卒アル見ればいいんですが、卒アルもない

ですが、なかなかに悲惨な家族関係は、この時もずっと続いていました

ちょっとここで、私の父について書きたいと思います

父は今で言うと「モラハラDV夫」という部類なのでしょう

毎晩喧嘩は当たり前
母が殴られるの見たことあるし、母の携帯を真っ二つに折られたのも見たことがあります
喧嘩がひど過ぎで、同じ市内に住む祖父母に助けを求めて泣きながら電話した記憶も
怒り出したら手がつけられないけど、落ち着くと優しいように見えてたり、
けど、言ってることが屁理屈だったり、常識と離れていたり
金遣いはめちゃめちゃ荒いし
払うって言ったもの払わなかったで、母が母方の祖父母に泣きついたこともあったそうです

一時期、人格障害とか精神科系の何かを持ってる人じゃないかと、本気で考えてました

そんな人とずっと一緒に居たからか、母は胃がんになって、亡くなる3ヶ月前にやっと離婚
そういえば、病院まで父が金の無心に来たとかなんとか
がん闘病中の病人から金貰うって、どうなんよ

父よ、私の不幸の元凶はあなたですか?

そんな父なので一緒に生活したくなくて、母の死後は、母方の祖父母宅で生活していました
それから2〜3年くらい経った頃、妹が一人暮らしするってことで出て行ったことをきっかけに、私も実家(父のいる家)に戻ることを決めました

どうして、戻ろうと思ったのか?
数行前に「父よ、私の不幸の元凶はあなたですか?」とか書くほどだったのに?
正直、許せなかったです
母が死んだのは父のせいだと思っていたから

でも、もし今後、父に何かあれば、間違いなく私が動くことになるだろうと思っているので
(ソーシャルワーカーとして病院で働いてた頃の、いろいろな家族関係の人達を見てきた経験からです)

高血圧、糖尿病の内服治療中
だけども、退職後は昼間から酒飲んじゃってますから、脳血管疾患やら心疾患やらのハイリスク予備軍なわけです、私の父は

「このままぶっ倒れられて、意思疎通が図れないとかなったんじゃ、何かスッキリしないわぁ…」

そこが出発点でした
関係修復しようとか、微塵も思ってなかったですよ

でも、結果。
数ヶ月のつもりが、たぶん2年近く居たんじゃないかな?

一緒に生活をしてて、私が私の視点で父を見て生活をしていくと、
母の言うこと、母方祖母の言うことを鵜呑みにして、そのフィルターで父を見ていたこと
に気がついたんですね

「娘がお腹空かせて泣いてるのに、自分の食事を先に用意しろと(父が)言った」
「母が妊娠した時、『本当に俺の子か?』と言った」とか
全部、母や祖母の言っていたことで、私はそれを知らない(覚えてない)

父が父なりに、私にしてくれたことだっていくつかあるわけです(少ないけどもその記憶がある)
それが、ほんの些細なことで覚えていなかったとしても

そう気がついたら、自然と父への恨みって感じなくなったんです

そして、出戻った実家をまた出て、旦那さんと一緒に暮らすことになった時、直接は言えなかった言葉を手紙にしたためて、家を出てきました
それについての反応は何もなかったですけど、まぁ伝わったんだろうなと思いたい…

今は時々の安否確認をしたり(これが最優先事項だと思ってます 笑)、孫の顔を見せに行ったり、時々お祝いのお金くれたりします

前のままだったら、「こんなクソ親父から金なんぞ貰えるかい!」とか言っちゃいそうですが、今はありがたくもらってます

だいぶ話が逸れちゃいましたが、小さい頃から最悪だと思っていた父との関係の変遷史でした


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