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[書評] 文藝春秋 2024年4月号

「文藝春秋」2024年4月号(文藝春秋、2024)

峯澤典子「仲見世」を読む

詩誌でなく、めずらしく総合誌に掲載された峯澤典子氏の詩「仲見世」をまず読む(89頁)。

氏にしては短い10行の詩だが、他の人のエセーの頁の真ん中に挿入される形だから10行以内というような制限があるのだろう。

詩は次のように始まる。

花の雑踏で 別れ
ふたたびめぐる はるのはじめの仲見世で
なごりの ゆき か 花びらになったあの人が

短い詩なので何度も読返す。仲見世という空間に「ふたたびめぐる」時間がポータルのように開いている情景が浮かんでくる。

このポータルを通して出会うのは、「あの人」と「わたし」、そして「わたしの乳飲み子」の三人。

そこは永遠の現在のようなところで、そこに入りこめば、三人はふれあうことができる。

しかし、「わたし」と「わたしの乳飲み子」には目に見える姿があるのにたいし、「あの人」は「なごりの ゆき か 花びら」に姿をかえている。

はかない出会いである。「あの人」を追おうとすれば、「午後の池の 夢のおくへと隠れる」ように漂い去ろうとする。

そこへ「いっせいに飛来する白鳩」。「見あげれば 晴天」。真っ青な空に白鳩のむれ。なんと神々しいけしきだろう。

「あの人」のけはいはけぶりのように天へ還ってゆく。

古典文学では、夢に現れる人は、〈夢を見ている人を思っている〉と考えられていた。〈「夢」がなかったら古典文学の多くは成り立たない〉といわれるほどである(『新全訳古語辞典』802頁)。

そのような感性のなごりを現代詩にみることができるのは至福以外のなにものでもない。

本号の他の記事にもふれる。

どうしても外せないのは、福島雅典氏(京都大学名誉教授、世界で最も使われる診断・治療マニュアル「MSDマニュアル」を日本で初めて翻訳・監修)に取材して秋山千佳氏(ジャーナリスト)がまとめた、世界中で生じている〈科学、医学、民主主義の危機〉(「接種」後の「後遺症」)に関るセクションである(188-203頁)。

重い内容だが、現時点で考えられるアドバイスも含まれている。

症状のある人には医療にかかることを勧める。症状がない人には、体を支える免疫機能を低下させないために食事、運動、睡眠、心のあり方を日々の生活で管理するようアドバイスする。免疫系に必須の栄養素はビタミンDと亜鉛という。

睡眠といえば、「鎌田式7カ条」を鎌田實氏が紹介している(312-318頁)。

午前3時から6時頃にかけて深い睡眠をとると、コルチゾールというホルモンが出る。コルチゾールは脂肪を燃焼し体重をコントロールしてくれる(314頁)。

一方、入眠からの3時間に大量の成長ホルモンが出る。子供はこの3時間で成長するが、大人の場合はこの成長ホルモンで肌がきれいになる。また免疫機能を高め、疲労を回復し、新陳代謝をよくする(314頁)。

〈よく言われる「オートファジー」は、脂肪の代謝を進めることを目的に、食事と食事の間を16時間空けることを推奨〉するが、〈実際には脂肪は食事の間隔を9時間空けると代謝される〉という(318頁)。

佐藤優氏はタッカー・カールソン氏によるロシアのプーチン大統領へのインタビューは、〈プーチン氏の死生観、宗教観、価値観を知る上でも第一級の資料〉だと判断する(178-187頁)。

本号の大特集は〈日本地図から「新しい戦前」を考える〉と題し、米国、北朝鮮、台湾、沖縄をめぐる今そこにある危機を4つの角度から地政学的に論じる(94-135頁)。米国の視点をマイク・ポンペオ(前米国務長官)、日本の視点を本松敬史(元陸上自衛隊西部方面総監)、台湾の視点を李 喜明(元台湾軍参謀総長)、中国の視点を劉 明福(中国国防大学教授)がそれぞれ述べる。

題に引用された「新しい戦前」とは、戦争準備モードの段階にある日本をさす。元はタモリが2022年12月28日にテレビ番組「徹子の部屋」に出演した際、2023年がどんな年になるか訊かれ、〈新しい戦前になるんじゃないですかね〉と発言したことから来ている。防衛費増大や、敵基地攻撃能力の保有など、着実に「新しい戦前」に向かいつつあるとの認識を反映する。

ポンペオは、「史上初の米朝首脳会談」実現のため、直接交渉した北朝鮮の金正恩委員長が〈中国共産党から自分の身を守るためには、在韓米軍が必要だ〉と冗談半分に発言したと述べる。金委員長は〈中国共産党がチベットや新疆ウイグルのように朝鮮半島を扱うには米軍を追い出す必要がある〉とも言った。この発言は、習近平の狙いを正確に測定していることをしめす。

〈東アジアから米軍が撤退することを本当に望んでいるのは、自分よりも習近平だ〉と金委員長は述べる。ポンペオの見立てでは、金委員長は習近平の〈支配から抜け出せないでいる〉のである。

本松は日本の、李は台湾の、それぞれ国内事情を中心に、どちらかと言えば軍事技術的側面を詳述する。

劉の議論はこれにたいし、世界戦略に立脚し、長大な歴史観に基づいて、中国の核心的利益を実現するための諸問題を論じる。

劉には、中国が世界一の国家になるための構想を綴る『中国の夢』およびその続編『中国「軍事強国」への夢』(文春新書)の著書もある。

劉は〈いまや中国の海洋利益は太平洋、インド洋、大西洋、北極、南極にまで及んでいる〉と書く。この通りであるならば、中国の「野望」は世界の海の支配にあるのだろう。この構想に対峙できる国はどこか。

鈴木おさむ(放送作家)が描くSMAPと震災の3・11の小説「くじけずにがんばりましょう」は、当時が蘇る迫真の文体だ。カポーティばりの〈ノンフィクション・ノヴェル〉と呼べるのではないか。

彼らは毎週の番組で被災地の人を応援しつづけた。番組の最後には募金の告知を2011年、2012年、2013年、2014年、2015年と、1週も欠かすことなく流した。番組は2016年12月26日に終わりを迎える。小説は最後にこう綴る(352頁)。

 あの東日本大震災で、彼ら5人のおかげでがんばれた人は沢山いる。
 笑顔を戻した人もきっと沢山いる。

 だけど。そんな彼らにも。
 終わりが来る。

 SMAPは2016年12月31日に解散した。

#書評 #文藝春秋

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