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[書評]The House with the Mezzanine

Anton Pavlovich Chekhov, 'Five Great Short Stories' (Dover, 2012)

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「流れ星」のモチーフとボブ・ディランの関わり

チェーホフの短篇 'The House with the Mezzanine' (1896 [原題:Дом с мезонином]) について。日本では「中二階のある家」(小笠原 豊樹訳など) の題で知られる。

結論からいうと、ボブ・ディランとチェーホフの関係に関心がある人は読んで損はない。特に、この短篇については、'Shooting Star' (アルバム 'Oh Mercy' 所収) との関連が指摘されているが、それにとどまらず、アルバム 'Blood on the Tracks' との関連をも考えさせる (そのアルバムの全歌はチェーホフの短篇に基づいていると、ディラン自身が述べている)。

ディラン研究家のヘイリンは、本作で重要な役割をはたす「流れ星」のモチーフが 'Shooting Star' に影響を与えた可能性を指摘している。確かに、本作を読んだひとは、その主人公たちの痛切な心情を、星がさやかにまたたく光景と共に思い出すだろうし、ディランのその歌もまた、世間が寝静まった時間の星空の空気感を鮮烈に印象づける。

なぜ、そのモチーフがこれほど印象的なのだろうか。おそらく、芸術家の男と、美しい姉妹との関係および破局が、「流れ星」のように読者の心を通り過ぎてゆくからだろう。

男の画家としての世界観と、姉の社会改革家の意識、妹の世間を知らぬ無垢、これらが奇跡のように交わりあい、そして消えてゆく。

しかし、それは男のなかで完全に消えたわけでなく、確かな残像として存在している。そのことが「流れ星」のイメジで読者には印象づけられるのだ。

男と姉妹との交流は軽薄なものでなく、真剣そのもので、真情にあふれている。その情の部分を最もよく表すのがチェーホフの詩的な文体だ。

ディランがどの英訳でチェーホフを読んだか分らないが、最後の詩的な一節を引いておこう。おそらくディランは共感を覚えたと思う、その文体と、相手もまた自分のことを思い出しているに違いないという (根拠なき) 確信とのゆえに。

I have already begun to forget about the house with the mezzanine, and only now and then, when I am working or reading, suddenly—without rhyme or reason—I remember the green light in the window, and the sound of my own footsteps as I walked through the fields that night, when I was in love, rubbing my hands to keep them warm. And even more rarely, when I am sad and lonely, I begin already to recollect and it seems to me that I, too, am being remembered and waited for, and that we shall meet. . . .

#書評 #チェーホフ #ディラン

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