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羽化するロケットマン

 自分は北のロケットマンだ。
 体重は0.14トンある。
 だがロケットマンは不満だった。
 ミサイルが発射できない。
 これほど、ふざけた話があるだろうか?
 俺はロケットマンだぞ!
 なぜミサイルが発射できない!
 強いストレスを感じる。
 ああ、ミサイルを撃ちたい。
 日本に、北米に、全世界にだ!
 
 半島の戦いは、北の勝利に終わった。
 南の首都を長距離砲で攻撃して、火の海にした。
 開戦初日で、何百万人と死傷者を出した。
 祖国統一のためだ。仕方ない。
 そのあと38度線を越えて、ソウル入りした。
 南の民衆は歓呼の声で、北の人民大将軍を迎える。
 サクラだ。サクラが咲いている。路上に配置した。
 青瓦台(せいがだい)に入り、統一事業の偉大な完成を宣言した。
 ふと、廊下に並んだ南の歴代大統領の写真を見た。
 全員、刑事告訴されて牢屋行きか、自殺者で占められている。
 南も大変だ。とにかくマスコミがうるさい。
 嫉妬する社会、それはバナナ共和国だ。
 やたらと、大統領経験者を牢屋に入れたがる。
 自分は偉大な祖国をそんな三流の国にしたくない。
 だから先に敵を牢屋に入れる。それだけだ。
 
 だがその後の記憶がハッキリしない。
 気が付いたら、いつの間にか、北に戻っていた。
 いつもの地下司令室に戻っている。なぜだ?
 住み慣れた棲み地下室だが、憂鬱が酷い。抑圧だ。
 人民を管理して統治する作業は、ストレスが過大だ。
 だからミサイルを発射する。
 ミサイルを発射すると、一服の清涼剤のような効果があるのだ。
 できれば、日課としたいが、その数には限りがある。
 朝、発射する事が多いのは、その一日が気分よく過ごせるからだ。
 夜眠れなくて、うんうんと唸り、朝発射する。
 これほど、爽快な事があるだろうか?いや、ない。
 あとは祖国に弓弾く逆賊を始末した時だ。
 
 叔父を4銃身の回転式機関砲で始末した事もある。
 一族郎党、たちまちミンチになった。
 その後、火炎放射器で焼いて、灰にして捨てた。
 奴の階級章はクソ色に染め上げた。
 クソは土に帰る。それだけだ。
 
 父は2011年、野戦列車で前線視察中、壮烈な戦死を遂げた。
 実は自分が密かに毒を盛った事は内緒だ。
 誰にも言ってはならない。
 国家の最高機密である。
 最早、楯突く者はいない。
 
 合衆国の大統領がSNSで呟いた事がある。
 38度線、板門店で会おうと。
 ここは度量を示すべき時だと思い会談した。
 大した事は話さなかったが、握手した。
 それだけだ。
 本格的な交渉はその後始まった。
 だが合衆国の大統領は失脚してしまった。
 
 また一人になったが、ミサイルを撃つ日々は変わらない。
 鬱だ。ミサイルを撃とう。嫌だ。ミサイルを撃とう。裏切り者が出た。ミサイルを撃とう。制裁を掛けられた。ミサイルを撃とう。国際社会が騒いだ。ミサイルを撃とう……。
 とにかくミサイルを撃つ。
 それがロケットマンの務めだからだ。
 だがミサイルが撃てなくなった。なぜだ?
 ミサイルがないのか?火星18号はどこにいった?
 
 ああ、最後にミサイルを撃ったのはいつの事だったか?
 白頭山の天池から、隠し玉を撃ったのが最後か。
 全世界に対して、最終核戦争できるようにセットしていた。
 全力で撃つように指示したが、阻止されたようだ。
 ただグアムが、跡形もなく吹き飛んだと報告を受けた。
 痛快だ。米帝どもの鼻をあかしてやった。
 本当は本土を叩きたかったが、核攻撃は届かなかった。
 ただのミサイルが北米大陸に届いただけらしい。
 だがそれでもロケットマンの矜持は保たれる。重要だ。
 
 ああ、ロケットマンなのに、ミサイルがない。
 どうした事か?
 最近はバクバク食べる事もできなくなってきた。
 食料がないのだ。
 常時0.14トンを保たないといけない。
 そうでないと、威厳が保てない。
 人民からも三匹のトンと愛されているのに!
 段々痩せてきた。このままでは0.1トンを割るのは時間の問題だ。
 
 万が一に備えて作った影分身たちはどうなったのか?
 ロケットマンが一人やられても、別のロケットマンがいる。
 バックアップだ。
 自分は一人だが、自由に乗り移る事ができる。
 いくら影分身がやられても、自分は死なない。無敵だ。
 そして気が付いたら、いつもの地下司令室に戻っている。
 スタート地点だ。死に戻りだ。
 だがこのバックアップは残機制なので、その数には限りがある。
 また0.1トン以下の影分身は、もうロケットマンじゃない。
 自分が乗り移って使うに値しない。
 ロケットマンは、体重0.14トンで、ミサイルを撃たないといけない。
 威厳が保てないので、PV映りが悪くなる。
 
 とうとう最後の影分身が斃れた。
 もう残機はない。ロケットマンだけだ。
 ロケットマンはふわふわと宙に漂い、野に出た。
 食べたい。増えたい。飛びたい。
 つまるところは、ただそれだけだ。
 野原で南の歴代大統領のイメージを思い描いた。
 彼らには怨念がある。
 その気持ちはよく分かる。
 嫉妬する社会の統治者であるならば、猶更だ。
 だから儀式だ。儀式を行わないといけない。
 ロケットマンは跪いて、祈祷した。
 おお、天地よ!我はロケットマンなり!
 偉大なる人民の首領にして、体重0.14トンなり!
 空を覆い尽くすミサイルになって、人類に裁きを下す者なり!
 すると、影だけが立ち上り、肥大化が始まる。
 ロケットマンの周囲に、黒い何かがブンブン飛んでいた。
 跪いて、祈禱するロケットマンの背中から羽が生えている。
 羽化だ。羽化が始まっている。
 ふと、日本の事が頭に過った。
 なぜあの国は栄えている?なぜあの国は富んでいる?
 半島がこれほどまでに虐げられているのに?
 北も南も歴代の指導者は皆、同じ思いではないか?
 ああ、羨ましい。恨めしい。
 嫉妬だ。嫉妬する。ロケットマンは日本を嫉妬する。
 もうロケットマンは、ブンブン飛ぶ黒い羽虫に覆われていた。
 一匹一匹がデカイ。バッタだ。バッタが飛んでいる。
 枯葉色で、赤い目をしている。攻撃色だ。
 野原で大量の蝗が発生した。
 その中心核に、ロケットマンの呪いがあった。
 南の歴代大統領もそれに便乗する。
 半島の嫉妬が養分になって、呪いを肥大化させる。蝗害の発生だ。
 たちまち半島を覆い尽くし、南下する。
 それが羽化するロケットマンだった。
 日本に蝗が襲来し、総理大臣が昆虫食で撃退したが、それはまた別の話だ。
 
            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺008

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