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SB742便、火星ジオフロント

 アメリー・ルーと300名の乗員乗客は、火星に転移した。
 月の裏側のドームから、火星のジオフロントまで一瞬だった。
 飛行機は動いていない。ただ乗り物として使っただけだ。
 小型の人工天体のような宇宙船が、飛行機のワープを制御した。
 乗員乗客は、飛行機から降りた時、地球ではないかと錯覚した。
 古代ローマ風のトーガを纏った自称、星の王子様の案内で、移動した。
 軍事基地のような場所から、駅・空港施設のような場所に出た。
 「……火星ジオフロントだ。地下都市がある。十万人規模だ」
 星の王子様は、添乗員よろしく解説した。八人の美姫たちも笑顔だ。
 施設の中には、ちらほらと人の姿が見えた。現代人の服装をしている。
 これは人類だ。地球人と変わらない。人種も様々だ。
 「……ここには地球から来た人も大勢いる。諸君らの同朋だ」
 300名の乗員乗客から歓声が上がった。アメリーも喜んだ。
 「……健康診断を受けた後、医師の診察を受けて欲しい」
 星の王子様はそう言った。助かったという雰囲気が流れる。
 「火星にはどれくらいいるの?」
 アメリーは、黒髪でストレートの美姫に話し掛けた。
 「……ごめんなさい。私たちは引き渡しまでなの」
 直観的に地球に帰れないという答えが、頭に浮かんだ。
 「……お前は、ちょっと結論に急ぎ過ぎる」
 星の王子様は言った。アメリーは頬を膨らませた。
 「でも帰れないでしょう。きっと……」
 「……時空管理局は善処してくれるさ」
 アメリーは「ん?」と首を傾げた。
 「じゃあ、何で帰れないの?」
 「……地球の方が宇宙帰還者を受け入れない」
 星の王子様は、健康診断に向かう300名を見送っていた。
 
 それから、SB742便の300名は、火星ジオフロントで、ケアとカウンセリングを受けた。ここには、地球人もいたので、皆安心したが、時折姿を見かける異星人に恐怖した。月の裏側で、完全にトラウマになっている。宇宙人恐怖症だ。
 基本的に、ここは地球の都市を模した西ヨーロッパ風の生活空間が広がっていた。火星の地下大空洞を利用して建設された。人工太陽もある。宇宙港もある。宇宙から見て、火星までが地球圏で、火星が地球の表玄関という位置付けだった。
 月は地球に近過ぎた。月の表側は地球からもよく見える。そして月の裏側は、宇宙海賊の根城になっている。私掠船を出して、沿岸の人たちを攫って、奴隷にして売り払っていた中世の海賊と同じだ。だが食べてしまう事もあるので、より質が悪い。
 因みに、あのレプタリアンたちは逃走に成功した。時空管理局も深追いはしないらしい。定期的に見回って、悪さをしていないか監視しているが、いつの間にか、また隠れ家を作って、地球人を攫っているらしい。所謂、アブダクションだ。
 今回みたいに一度に300名というのは、数が多過ぎたため、急行した。だが1名とか2名の誘拐では、動かない事もあるし、分からない事も多いと聞いた。地球人の命は軽かった。野生動物みたいに扱われている。そんなに程度が低いのか。
 「……実際、地球人の意識は低過ぎる」
 星の王子様は、バーのラウンジでカクテルを飲んでいた。
 八人の美姫のうち、二人が同席していた。他はいなかった。
 アメリーはソフトドリンクを飲んでいた。不飲酒だ。戒を立てている。
 四人は、モニターに映るアメリカCNNニュースを見ていた。
 地球では世界大戦が起きていて、北半球は大変な事になっていた。
 「今は帰りたくないかな。でも戦争が終わったら帰りたい」
 アメリーの発言は、SB742便300名の意見でもあった。
 「……だがこの戦争で、人類の大半は死ぬぞ」
 そこまで愚かだと思いたくないが、火星から地球を見ていると不安だ。
 「火星は地球を助けたりしないの」
 「……それこそ内政干渉だろう。1648年のウェストファリア条約だ」
 星の王子様は、地球の歴史に詳しかった。この条約から近現代が始まる。
 「……国際法、国家主権、人権が最高概念だと思っているうちは、争いは続くさ」
 お互いが最高で、不可侵だと言って、殴り合う地獄絵図だ。止まらない。
 「いつも思うんだけど、神様の話が完全に抜け落ちている」
 アメリーは言った。今の地球は全部そうなのだ。
 「……人類の幸福という観点から、見直すべきだ」
 星の王子様は、静かにそう言った。
 「ねぇ、地球って、宇宙から見てどんな星?」
 アメリーは、二人の美姫を見て言った。
 「……難しいわね。でも宇宙には二つの星があるの。愛の星と力の星よ」
 黒髪でストレートの美姫は言った。テルティアと言う。ラテン語で三番目だ。
 「へー」
 アメリーは感心した。何となくもう分かった。
 「あのレプタリアンたちは力の星出身?」
 「……そうね。宇宙は力が全てと主張する人たち。勝者が歴史よ」
 星の王子様も言った。
 「……だから連中、毎日が焼肉パーティーさ。パーティーピーポーだ」
 あの大口どもは、人の骨でトーテムや打楽器を作って、謳歌している。
 「……もう少し、程度が高く、巧妙な奴らもいる。宇宙妖怪だ」
 そっちの方が脅威だろう。あの大口どもは分かり易い。
 「じゃあ、地球は愛の星?」
 アメリーがそう言うと、他の三人は微妙な顔をした。
 「……愛の星だったんだけどなぁ」
 星の王子様は言った。モニターを見ると地球の戦場の様子が映っていた。
 「……どこで道を間違えたんでしょうね」
 短髪で金髪碧眼のセクスタが言った。ラテン語で六番目だ。
 「……だから1648年のウェストファリア条約じゃないか?」
 星の王子様は、こだわっていた。その時代に地球にいたのか。
 「でも地球は愛の星なんだね?」
 アメリーは確認した。他の三人は否定しなかった。今はそれで充分だ。
 
 SB742便300名は、地球に帰れないという事が、確定的になった。時空管理局も交渉したが、地球の各国政府の特務機関が宇宙帰還者の受け入れを拒否した。火星と地球は、裏で密かに繋がっているようだが、表沙汰になる事はないようだった。
 時空管理局側から、全員の記憶を改竄する案が提出されたが、地球にも退行催眠などの技術があり、秘密が露呈する可能性が高かった。そしてSB742便300名は、宇宙の情報を持っている。これは今の地球の情勢を乱す可能性が高かった。
 「……諦めるんだな。火星暮らしも悪くないさ」
 星の王子様は言った。だが火星の地表には出れない。人類に見つかる。
 火星の地表には、地球から送り込まれたロボット車が常時走っていた。
 「いくら人工太陽があると言っても、地下暮らしは嫌だ」
 アメリーは帰りたかった。火星ジオフロントは、地球の模倣に過ぎない。
 「……どうしても帰りたいなら、別の手段があるぞ」
 星の王子様は言った。まさか密航か。だがこそこそするのは嫌だ。
 「……いや、そうじゃなくて、過去の地球に行くんだ」
 「過去の地球?」
 アメリーは、ピンと来なかった。
 「……ああ、双方向性が開かれた時代に限られるがな」
 ますます分からない。双方向性が開かれた時代?
 「……アトランティスだよ。あの時代と現代は行き来できる」
 アメリーは目を輝かせた。何それ、面白い。行く行く!

 それからアメリーは、ただ独り地球帰還者として、レクチャーを受けた。
 他の乗員乗客は、過去の地球に行こうとはしなかった。アメリーだけだ。
 アトランティスに行く前に、火星から通信を何度か開いた。
 Zoomみたいに、アトランティスの人たちと会話ができた。
 現代では、アトランティスはとっくに滅びて、伝説になっている。
 だが画面の向こう側で、今も彼らはそこにいた。生きている。
 「不思議!これどうなっているの?」
 「……世界は図書館なんだ。現代という本から、その登場人物は、アトランティスという本に渡る事ができる。これが本当の世界なんだ」
 星の王子様は解説した。アメリーは目を輝かせた。星の王子様は続けた。
 「……我々は、本を読む事ができる。だが自分も、その本の登場人物なんだ。それは本の外の世界から見たら分かる。そしてこの視点を持てる人が、悟りたる者だ」
 「確かにアトランティスという本は、時空のどこかで完結しているけど、私はその本の途中から、登場人物として、参加できるという事ね!」
 これは面白い。認識が高ければ、こんな視点も在り得るのか。
 出発の日が近づいた。スターゲートが開かれる。時の旅人だ。
 「……お姉ちゃん、行っちゃうの?」
 SB742便で、隣の座席に座っていた小さな男の子は言った。
 「うん。でも向こうから通信するよ」
 アトランティス文明は極めて高い。今の地球より進んでいないか?
 「……双方向性は開かれている。行き来できる」
 星の王子様は言った。どうやら問題はないらしい。
 「これで決まりね。私のバカンスはアトランティス!」
 アメリーが独り宣言すると、小さな男の子は小首を傾げていた。
 それが、SB742便、火星ジオフロントだ。アメリーは時の旅人となった。

            『シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺024

『SB742便、アトランティス全盛期』 SB742便 5/5話


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