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シリコンバレー出羽守見習いの備忘録

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最近の記事

関数としてのテーブル - 写像と命題関数

拙著の一つに『おうちで学べるデータベースのきほん』というデータベース初心者向けの入門書がある。2015年刊行なのでそれなりに年月が経っているのだが、ありがたいことに今でもコンスタントに読んでいただいている。 この本の中で「リレーショナルデータベースのテーブルは関数として捉えられる」という話をしているのだが、ある読者の方からそこがよく分からなかった、という質問をいただいた。ちょうどよい機会なので、少しこの点を補足説明しておきたいと思う。 テーブルが関数だと言うとき、二つの含

    • AWS Outpostsに見る軍需産業とITの結びつき

      先日、XでAWS Outpostsの使い道が分からないというツイートに対して「軍の前哨基地で使うことを想定している」というコメントをしたところ、大きな反響があった。Outpostsを何に使うのか疑問に思っていた人は思ったより多いようだ。 確かに、Outpostsの日本語サイトを見ても、軍需関連の単語は一つも出てこないので、AWSとしても日本向けには意図的に避けているのだと思われる(実際、日本が戦闘のために軍を国外に送る機会はまずない)。日本で軍需産業と思われてもあまりマーケ

      • 君子は豹変す - Google Cloud Next 2024 Recap

        4/9 - 11の期間、ラスベガスでGoogle Next 2024が開催された。今回もいろいろと大きな機能追加の発表があり、多くのメディアで取り上げられている。一般的にはやはり生成AIまわりの注目度が高いだろう。筆者も、データベースエンジニアをしていたこともあり、Gemini in BigQueryによる自然言語からクエリ生成を行う機能などは非常に気になる機能だ。 ペンタゴンへのメッセージだが、Googleのビジネスにとって最もインパクトの大きいものを挙げろと言われれば、

        • Salesforceはインフラ企業の夢を見るか

          先日、Salesforce社がインフォマティカの買収を検討しているというニュースが流れた。CRMの企業がなぜデータ連携の企業を? と疑問に思った方もいるかもしれないが、ここにはSalesforce独自の戦略が見て取れる。本稿ではSalesforce社が何を考えているのかを、その買収戦略から読み解いていきたいと思う。通常のクラウドベンダーとは一味違う戦略を持っており、インフラエンジニアの方にも興味深い内容になっていると思う。 SaaSから垂直統合サービスへ生まれ変わる筆者がS

        関数としてのテーブル - 写像と命題関数

          ソフトウェアと愛 - あるいはOSSとAWSの確執

          OSSというのは、不思議なソフトウェアだ。世界中で何百万人もの人が一円にもならないのに開発に協力し、コミッタと呼ばれるエンジニアキャリアをOSSに賭ける人々が現れ、多くのユーザがユーザ会を組織し、時には大規模なイベントを開く。MicrosoftやGoogleといった大企業もOSS支援を表明している。GoogleにいたってはandroidとKubernetesという重要なOSSを世に送り出した企業でもあり、その貢献は計り知れない。 そんな中、OSSに対して敵対的、とまでは言わ

          ソフトウェアと愛 - あるいはOSSとAWSの確執

          NewSQLはデータベースに革命を起こすか - NetflixにおけるCockroachDBのユースケース

          近年のデータベースの新潮流にNewSQLと呼ばれる一群のデータベース製品群の登場がある。そのコンセプトを一言でいうと、RDBとNoSQLのいいとこどりである。SQLインタフェースと強いデータ一貫性(ACID)というRDBの利点と水平方向のスケーラビリティというNoSQLの長所を兼ね備えた夢のようなデータベースである。下図に見られるように、RDBとNoSQLが鋭いトレードオフを発生させていたのに対して、NewSQLではそれが解消されているのが分かる。 本当にそのような夢の実現

          NewSQLはデータベースに革命を起こすか - NetflixにおけるCockroachDBのユースケース

          Solorigate事件の教訓 - サプライチェーンアタックを防ぐことは可能か

          先月末、主要なLinuxディストリビューションなどで広く使用されているファイル可逆圧縮ツール「XZ Utils」に、悪意あるコードが挿入された問題(CVE-2024-3094)が確認されたとして大きな波紋を呼んでいる。このコードが挿入されたバージョンのXZ Utilsがインストールされたシステムは、特定条件下で、SSHポート経由で外部から攻撃者が接続できるような改ざんが行われる可能性がある。 今回はすんでのところで気づいた人がおり(SSHによるログインが僅かに遅延することに

          Solorigate事件の教訓 - サプライチェーンアタックを防ぐことは可能か

          看板戦争 - 恐竜とカタツムリの戦い

          最近少し重いテーマのエントリが続いたので、今日は息抜きに笑えるテーマでお届けしようと思う。 少し前にXでOracleとInformixの「看板戦争(Billboard War)」の話をツイートしたのだが、その実物の看板の画像を発掘したのでお見せしようと思う。 この看板は、1996年にInformixというデータベースの会社が101というシリコンバレーを南北に縦断する高速道路(筆者も通勤に使っていた)に出したものだ。写真だと少しわかりにくいが、看板の背景に描かれているのはO

          看板戦争 - 恐竜とカタツムリの戦い

          米国連邦政府におけるクラウド戦略 - クラウドシフトを支える組織と法令

          さて、米国連邦政府のクラウド戦略その3である。その1とその2はこちらからどうぞ。今回は、米国の連邦政府という組織と法令という観点からクラウド戦略を見ていきたいと思う。これらはエンジニアからすると周辺的なことと思われるかもしれないが、実際にクラウドを活用していくには欠かすことのできない観点である。 それでは初めにまずは組織の観点から見ていこう。 クラウドシフトを支える組織エンジニアの直接雇用と内製文化 連邦政府はよく知られているように多くのエンジニアを直接雇用しており、伝

          米国連邦政府におけるクラウド戦略 - クラウドシフトを支える組織と法令

          米国連邦政府におけるクラウド戦略 - クラウドセキュリティをどう担保するか

          さて、米国連邦政府のクラウド戦略についてのレポートその2である。その1はこちらを参照。その1を読んでいなくても支障はないが、歴史的な話をしているので先に読んでいただくと理解が捗ると思う。 前回は、どちらかというと連邦政府の取り組みがうまくいかなかった、というトーンで話をしたが、公平を期して言うならば、成功している部分もあるし、うまくいかなくても諦めず粘り強く進行している取り組みもある。こういうとき米国人というのは強くて、失敗を教訓にどんどん再トライを繰りかえし、大きなブレイ

          米国連邦政府におけるクラウド戦略 - クラウドセキュリティをどう担保するか

          米国連邦政府におけるクラウド戦略「Cloud First」の失敗と教訓

          本稿の趣旨は米国連邦政府のクラウド推進戦略、いわゆる「Cloud First」から始まる一連の政策が辿った経緯を概観することである。米国のクラウド戦略は、掛け声こそ勇ましかったものの、あまりうまくいかなかった。これは筆者の主観ではなく、連邦政府自身がそれを認めるレポートを出している。あとで具体的に見ていこうと思う。 本邦においてもガバメントクラウドが本格的に動き出している。さくらインターネットが政府公認のベンダーとして認証を受けたことが話題になったのはつい最近のことだ。本邦

          米国連邦政府におけるクラウド戦略「Cloud First」の失敗と教訓

          セキュリティと情報共有のジレンマ - 議事堂襲撃と国家機密

          米国時間の2020/1/6 に起きたトランプ支持者による議事堂襲撃は5人の死者を出し、FBIも160件以上の捜査を行うという前代未聞の暴動(Riot)として全世界に衝撃を与えた。その規模の大きさと不釣り合いな犯人たちのあっけらかんとした正義感の不気味さ(マスクで顔を隠していなかったので続々と逮捕されている)、暴動を煽ったとしてトランプ大統領や共和党支持者のSNSアカウントが停止されることと言論の自由との対立など、様々な方面に大きな波紋を投げかけている。 今回の襲撃では、暴徒

          セキュリティと情報共有のジレンマ - 議事堂襲撃と国家機密

          SIerとは何か、何であるべきか ― 偉大ならざるリスクテイカー

          はい、今回はみんな大好き(大嫌い)SIerについての話である。 デジタル庁の動きに駆動されて、日本で何度目かの内製推進が盛り上がろうとしている。 日本のITシステム開発がうまく行かない原因としてしばしば挙げられるのが、ユーザサイド(非IT産業)にエンジニアやプログラマなどのIT人材が不足しているというものだ。確かに、日本が欧米と比較してIT企業にIT人材を集中的に配置しているのは事実である。 こうしたIT人材の偏りによって、アジリティの高い開発ができない、CI/CDやD

          SIerとは何か、何であるべきか ― 偉大ならざるリスクテイカー

          ペンタゴン「5Gエコシステム:国防総省にとってのリスクと機会」(抄訳)

          本稿は、前回のエントリで取り上げた米国国防総省(ペンタゴン)による5Gの米国国防に関するレポート「THE 5G ECOSYSTEM: RISKS & OPPORTUNITIES FOR DoD」の抄訳である。 全体の分量が多いため、エグゼクティブ・サマリと第4章(提言)のパートを訳出した。第1~3章で論じられている詳細に興味ある方は原文を当たっていただきたい。 読むとまず分かるのは、米国連邦政府(≒ペンタゴン)が通信プラットフォームの標準を取ることに大きなこだわりを見せて

          ペンタゴン「5Gエコシステム:国防総省にとってのリスクと機会」(抄訳)

          米国の5G国家戦略は詰んでいるのか - ペンタゴンレポートを読みとく

          2020年という年は、コロナ禍に始まりオリンピック延期、政権交代、米国大統領選挙など大きな事件が大きすぎて10大ニュースを絞り込むのに苦労するが、通信・IT業界としては、今年7月に米国が「安全保障上の脅威」を理由にファーウェイとZTEという中国の通信企業からの調達を禁する決定を下したという衝撃ニュースは、間違いなくランキング上位に入るだろう。 米国は、自国のみならず同盟国などにもファーウェイ排除の「クリーンネットワーク」への参加を呼び掛けるなど、世界中を巻き込んで5Gをめぐ

          米国の5G国家戦略は詰んでいるのか - ペンタゴンレポートを読みとく

          RegTechとしての企業倫理 - 法は良心を形成しうるか

          ナイキの人種差別反対を訴えるCMが賛否を呼んでいる。 全体としての反差別のメッセージに反対する人は少ないだろうが、「まるで日本人が外国人を差別しているかのような内容だ」と反発を感じる人も一定数存在する。こうしたCMがわざわざ日本向けに作られた意図や背景については、今後明らかになっていくだろうが、ナイキをはじめとする米国企業(特にBtoCのコンシューマー商品を扱う企業)が、こうした社会正義のメッセージを込めたCMやプロモーションを行うことは珍しくない。ナイキは今年前半に全米各

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