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掌編『色彩圧力』

 生い茂った草原のなかでの出来事だった。軽く散歩するつもりが、緑、青、赤、紫などの花々が花粉症を悪化させてきたのだ。大きなくしゃみを繰り返しながら涙を拭いていると、Tが隣から茶化してくる。哀しそうに見つめるとTは「ごめん」と言ってすごすごと遠ざかっていった。本当は傍にいて欲しかったのに……
 身体に突き刺さる青い空気。曇り空であるが故に影を写さない緑の地。突如、頭上に気配を感じて、ふと空を見上げると色鮮やかな小鳥たちがくるくると弧を描くように飛んでいる。こんなにもわたしは色彩というものに囲まれて生きていたのか。一方距離を置いて歩いているTは黒髪にモノクロームの服装で、この場では明らかに浮いているが、わたしだって漆黒のゴシックロリータに身を包んでいる。色彩豊かな周囲と対比してみると、まったくもって可笑しな二人である。別に抗おうとしているわけではない。むしろ、この場所ではわたしたちがマイノリティーである、という事実を受け容れなければならない。結局Tは——心配になったのかはわからないが——再びわたしの元に戻ってきた。
「色に殺されるかと思ったよ」
「そんなことあるわけないじゃない」
 次の瞬間、わたしたちは崩れるようにその場に倒れた。色彩の圧力によって。

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