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たなば、

「名前を言ってはいけないあの人、」
「ドヴォルザークよね」
「いやヴォルデモート」
「それ」

 缶チューハイ片手に過去のやりとりを思い出す。
夏並みに暑いのに、昼間は思い出したように土砂降りになる。まだ梅雨が明けない。湿度ひとつで感情と体調がぐらぐらしてしまうのは嘘みたいだけど本当の話。人間って案外もろい。

 珍しく昼間に晴れていたから、天の川が見えるかなと思って窓を開けたけれど曇っていて何も見えなくて、窓の隙間から黒い羽虫がシュッと数匹入り込んできた。どんどんグイグイチューハイを飲む。ひとりぼっちで喋る相手もいない。飲むしかすることがない。なんだかものすごくやさぐれた気持ちになる。チューハイの甘ったるい甘味料の味が舌に残る。手についたらベタベタするような味。

 この静寂は綺麗でも汚くもないなあとぼんやり思った。大して寂しくも虚しくもなくて、ただただ夜が長い。この静寂を過ごす人々が今この瞬間に何人くらいいるのだろうか、交わらない人々が似たような夜を過ごしている。

 まったく寂しくなさそうな君のことを思った。私も他人から見たらあんなふうに見えているのだろうなと思った。

 七夕だから会いたいわけじゃないんだよ。いつでも会いたいんだよ。
 そんなこと言えるはずもなくて、言いたいことはずっと飲み込み続けてきたから上手く言葉にすることもできなくて。可愛く我儘を言うのも下手くそで、ぶっきらぼうな傲慢になってしまう。それがわかっているから口に出せない。
 ロマンチックなんかひとつもない。なくていい。ロマンチックは気持ちが悪い。

 私の手の中でぬるくなっていく缶チューハイの価値が下がる。早く飲み干して。残り僅かの液体が私を急かす。最後に一気に流し込んだ一口がいちばん甘かった。きっと今日なら天の川を泳げます。でも会いたいあなたはどこにもいません。七夕だからではなく、いつもいないのです。



ゆっくりしていってね