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小説「15歳の傷痕」64~突然の誘い

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- Beach Time -

「純一、起きてるの?」

と、部屋のドアを母がノックしてきた。

今日は7月最後の金曜日で、夕飯後、ちょっと疲れていたのでベッドで横になっていたら、いつの間にか眠っていたようだ。

「ふぁ、はいはい、ちょっと寝てたけど起きたよ」

「純一に電話!モリ…なんとかさんって女の子から」

俺は慌てて飛び起きた。もしかして森川さんか?

「今行くよ。母さんは、ちょっとアッチ行ってて」

「はいはい、分かったよ」

急いで受話器を取り、返事をした。

「はい、もしもし。純一です」

「わっ、せ、先輩、こ、こんばんは!」

「もしかして生徒会の森川さん?」

「はっ、はい!夜遅くにスイマセン」

「全然遅くないよ、まだ7時半だもん。どうしたの?」

と俺は聞いたが、1学期の終業式の日の帰りに若本から聞いた、

『森川が生徒会の連絡網でも使って先輩を誘わない限り、夏休み中、森川はミエハル先輩に会えない』

というフレーズを思い出していた。もしかしたら捨て身の気持ちで、若本に対抗するため、電話をしてきたのではないだろうか。

「じっ、実は…ですね…。あの…明日か明後日、先輩、空いてませんか?いえ、無理にとは言わないです、もしかして、空いてないかな、なんて思いましてですね」

多分この言葉を言うために、受話器の向こう側には、緊張で心臓をドキドキさせて顔が真っ赤になっている森川さんがいる、と感じた。こんな時には冗談など交えてはいけないと思い、俺は素直に答えた。

「明日は部活だけど、明後日の日曜は空いてるよ」

俺もドキドキしてきた。この後、森川さんはどんな言葉を投げてくるのだろうか。

「本当ですかっ?せ、先輩、明後日の日曜なら大丈夫ですか?」

「うん。今のところ、何の予定もないよ」

「でしたら、ですね、実はあのぉ…。いや、もし先輩さえ、先輩さえよければ、アタシと、プールに、行きませんか?いや、一緒に行っていただけませんか?先輩さえよければ、です、けど…」

おそらく森川さんは滅茶苦茶緊張していることだろう。声が震えている。

「うん、いいよ。行こう、行こう!」

俺は焦らさず、ストレートに答えた。あのオクテな森川さんが捨て身の電話を、しかもデートの誘いをしてきたのだ。きっと若本に負けなれないと思って…。仮に予定があったとしても、森川さんに応えてやらねばならない。

「えっ?先輩、いいんですか?アタシなんかとプールに一緒に行っても」

「なに言ってんの。いいに決まってるじゃん」

「わっ、ほ、本当ですか?本当ですよね?わあっ、嬉しいです!ありがとうございます!一生の思い出になります!」

「そんな大袈裟な…ハハッ」

「い、いや、それだけ夢のようなことなんです。そしたらプールはどこがいいですか?先輩に合わせます!」

「んー、そうだねぇ…チチヤスも行ってみたいけど、バスとか分かんないから行きにくいしね…。無難にナタリーにする?待ち合わせしやすいし」

「なっ、ナタリーですね!分かりました!ナタリーなら、アタシも迷わずに行けます!時間は何時にしましょうか?」

「何時でもいいよ。でもナタリーのプールって何時からかな?」

「そっ、そうですね。多分日曜だから、朝早くからやってるとは思うんですけど…」

「じゃ、とりあえず10時にしようか?9時でも大丈夫かと思うけど、万一開いてなかったらを考えて、絶対に開いてる10時で」

「はいっ、10時にナタリーの入り口ですね!アタシ、色々準備します!」

「俺も遅刻しないようにするよ。あ、森川さん、重要なことを一つ言っておくね」

「はっ、はい!なんですか?」

「水着を忘れずにね」

「あっ、もう、ミエハル先輩ってばぁ。何かと思ったじゃないですか!ちゃんと家から着ていきます!忘れません!」

「うん、よかったよかった。じゃ、明後日10時にナタリー前でね」

「はい!ありがとうございます、先輩!突然電話してすいませんでした!」

「いやいや。楽しみにしてるね。じゃ、おやすみ~」

「はいっ!おやすみなさい、先輩!」

電話を切った後も、森川さんの緊張と興奮が余韻として残っている。それほどの電話だった。
今までここぞという場面でことごとく失敗してきただけに、森川さんは今度は絶対に成功させる!という意気込みが伝わってきた。

(逆に森川さんをガッカリさせないようにしないと…。俺も緊張するなぁ)

部屋に戻った俺は、明日の部活でこのことを山中や若本に言うべきか、迷った。

(山中はまだしも、若本には黙っておいた方がいいかな。でもひょんなことから若本に伝わることもありそうだし…)

ベッドに横になって考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。


結局土曜日の部活では、山中にも若本にも、日曜に森川さんとプールに行くことは言わなかった。
完全に俺と森川さんの間だけの秘密にした。

そんな日曜、梅雨明けしたばかりの広島は朝から晴天に恵まれ、暑かった。

「じゃ、プールに行ってくるよ。帰りは多分夕方~」

と母に伝え、俺は出掛けようとした。

「はいはい、気を付けてね。最近、プールのお誘いが多いね」

「誘われないよりもいいでしょ。じゃあ」

俺が自宅を出たのは9時過ぎだった。

(9時半過ぎには着けるだろ)

前回のナイトプールとは違い、昼間なので、日焼け止めやレジャーシート、水筒等を用意したが、海パンはあえて準備しなかった。

もしかしたら山中達とも約束しているし、もう数回、高校最後の夏に泳ぎに行くことがあるかもしれないと思い、手持ちの海パンを増やすため、今日ナタリーの売店で海パンを買おうと思っていたからだ。
もちろんその時には、森川さんにも海パン選びに参加してもらい、女の子としての意見を聞こうと思っている。
いきなりそんなことを頼むと、あの子の性格上、猛烈に照れると思うが…。

そう思いながらJR宮島口駅で降り、広電宮島口駅へと歩いていくと、2週間前の事を嫌でも思い出す。
神戸さんとまさか手を繋いで歩く日が来るなんて、少し前には全く考えられなかった。
しかもプールで遊び、神戸さんの水着は敢えて大村ではなく、俺に初披露というビキニの水着だった。

今のところ、神戸さんからも大村からも何の連絡もないので、バレてないのだろう。
ただ山中が提案したもう1回に、無事に4人集まるかどうかは分からない。神戸さん本人はノリノリだったが…。

広電宮島口駅では、いかにもナタリーに行くお客さんが結構いた。朝から快晴で暑いから、プール日和、海水浴日和だろう。

俺は田尻まで一駅乗車し、2週間ぶりのナタリーへとやって来た。
やはり日曜だからか、9時から開いていたようで、どんどんとお客さんがプール広場へと吸い込まれていく。

俺はちょっと早かったかな…と思ったが、俺を呼ぶ声が聞こえた。

「ミエハルせんぱーい!おはようございまーす!」

声がする方を見ると、森川さんが手を大きく振っていた。白いTシャツにジーンズという姿だった。
そして俺の方へと、走ってきた。

「先輩、本当に来て下さったんですね…。夢のようです…。ありがとうございます!嬉しいです!」

「森川さんも元気そうで良かったよ。結構早く来てたの?」

「はっ、はい。朝も早く起きちゃって、実は9時にはもう着いてました。エヘヘ」

ずっと緊張していた森川さんが、少しずつ緊張が解けていくのが分かった。更に緊張を解そうと、俺は言った。

「電話で言ったとおり、水着は忘れてない?」

「んもー、ミエハル先輩!忘れる訳がないです!もう着てます!」

「ハハッ、良かった〜。でもね、実は俺が、水着を忘れたんだ」

「えっ?ええっ?な、なんで、ですか?アタシに忘れるなって言ってたのに〜」

「そう思うよね。ワザとだって言ったら、どう?」

「わ、ワザと?えっ、なんですか、ワザとって?」

「あのさ、今日ナタリーの売店で、海パンを買おうかなって思ってたんだ」

「か、買う?え、今日新しいのを買われるんですか?」

「そうだよ。で、その海パン選びに、森川さんならではの女子の意見を参考にしたいなって」

「わわっ、アタシが先輩の水着選びに、参考意見を?とっ、とんでもないです!アタシが口出しするなんて、おこがましいです!アタシは先輩の選ぶ水着なら、どんなのでもいいです!」

「きっと森川さんはそう言うと思ったよ。でも俺の心からの頼みって言っても、ダメ?」

「いえ、そ、そんなこと、ないです。ただアタシなんかが、大切な先輩の水着選びに参加して良いのかどうか…」

「本人がいいって言ってるんだよ?是非森川さんの意見を参考にして一枚買いたいんだ。例えば俺が2枚候補を持ってきて、どっちがいい?っていう聞き方とかは、どう?」

「ほっ、本当にいいんですか?アタシが男性の方の、しかもミエハル先輩の水着選びに意見しちゃって…」

「うん、いいの、いいの。じゃ、ここで話しててもアレだから、中に入っちゃおう」

「そっ、そうですね。早く入らないと、ロッカーがなくなっちゃいますしね」

ということで俺は森川さんの手を強引に掴み、プールチケットを2枚買い、中へと入った。

「あっ、せ、せ、先輩…」

「ん?なに?」

「チケットのお金とですね、あの、その、て、て、手が…」

「お金は後からでいいよ。手がどうかした?」

「せっ、先輩と手を繋ぐなんて、おっ、恐れ多いですっ!」

「ハハッ、なんだ、手に毛虫でもいるのかと思った。こんなに混んでるもん、はぐれないようにしなきゃね」

「せ、先輩…」

森川さんの顔を横目で見たら、顔を真っ赤にして恥ずかしそうだったが、どことなく嬉しそうでもあった。

まずは売店で俺の海パンを買わねばならない。俺は森川さんと手を繋いだまま、売店へ入った。
売店の中は意外に空いていた。昼にでもなれば、食べ物を買いに来るお客で一杯になるのだろうけど。

「あ、水着コーナーはここだね。いや~女性水着ばっかりだね…。男の海パンって、少ないなぁ」

「そっ、そそっ、そうですね」

ずっと手を繋いでいるからか、森川さんは顔を赤くして照れたままだった。

「ごめん、森川さん。海パン選ぶから、ちょっと手を離すね」

「あっ、はっ、はい!」

俺の手より遥かに小さい森川さんの手を離すと、森川さんはちょっとホッとしたような、しかしほんの少し残念なような微妙な表情をしていた。

俺は圧倒的面積を占める女性水着コーナーの横に僅かに展示されている、男用海パンを何枚かチェックした。
2週間前に穿いた海パンは青を基調としたデザインだったので、青系は避けて…。

「ねえ森川さん、この2枚ならどっちがいい?」

俺は黒を基調としたデザインのを1枚、赤を基調としたデザインのを1枚選び、森川さんに見せた。

「えっと、ええっと…。本当にアタシが意見なんて言って良いのですか?」

「もちろん!俺は森川さんの意見を大切にするよ」

「わわわっ、責任重大ですぅ…。でもっ、でも…。ミエハル先輩には、その2枚だと、派手な赤より、黒っぽい海パンの方が似合うと思います…」

「本当に?実はね、俺も黒系の方がいいと思ってたんだ。ありがとう!じゃ買ってくるから、ちょっと待っててね」

「はっ、はい!」

俺は、森川さんが赤系がいいと言った場合にも同じようなことを言うつもりだった。男の海パンなんて、女子の水着よりも目立たないのだから、要は何でもいいのだ。
ササッとレジを済ませ、森川さんの所へ戻る。

「お待たせ。買ってきたよ。じゃ、更衣室行こうか」

「は、はいっ!」

「更衣室を出たところで待ち合わせようね」

「分かりました!」

更衣室の中は、まだロッカーに余裕があった。女子更衣室も大丈夫だろう。
俺は早速買ったばかりの海パンを穿いて、鏡に映してみた。

(おぉ、どっちでもいいと思ったけど、黒っぽいこっちの方が、痩せて見える感じだな…。森川さんの目もなかなかじゃん)

ヨシッ、と気合を入れて、日焼け止めや水筒が入ったバッグを持って外へ出ると、先に森川さんが待っていた。

「森川さん、待った?」

「わぁっ、先輩!海パン、似合ってます~」

「森川さん、さすがだね!俺もこれはいいのを選べたって思ったんだよ」

「えへっ、お手伝い出来たみたいで、嬉しいです!」

「そういう森川さんの水着も可愛いね。でも驚いたよ。そんな形のビキニがあるんだね」

「あっ、これですか?はっ、恥ずかしいんですけど、実は、先輩とプールか海に行きたいなって、まだ思ってるだけの時に買ったんです…」

とモジモジ照れている森川さんのビキニはスカイブルーに水玉模様で、胸の部分が下着のブラジャーのような形ではなく、帯状になっていて、首の後ろで紐を結ぶタイプだ。
アンダーは他のビキニとそんなに変わらないが、腰の部分に飾りが入っている。

「これ、チューブトップビキニって言うんです。実はアタシ、胸がないから、中学の時、プールが嫌だったんです。スクール水着を着ても、男子から洗濯板とか言われて…」

「えぇっ?」

初めて聞く森川さんの過去だった。

「だからプールのない、N高を選んだんです、アタシ」

「そっかぁ。実は俺も、プールがないのが魅力なのと、あとは吹奏楽部で新しい楽器が吹けるのが目当てで、N高を選んだんだ」

「えっ?先輩も水泳苦手なんですか?」

「俺は水泳どころか、体育自体が苦手でね~ハハッ」

「本当ですか?アタシは体育はそこまで苦手じゃないですけど…」

「でも、こんなレジャープールは好きだよ。森川さんと初めて2人で遊べるし。素敵な水着も見れたし」

「は、恥ずかしいです…。でも、嬉しいです…。先輩、ありがとうございます!この水着にして良かったです。実はこのタイプだと、あまり胸の大きい、小さいとか気にならないので、いいなと思って買ったんですよ。ワンピースの水着だと、どうしてもアタシの胸の無さがバレちゃうので…」

「胸の大きさなんて、俺は気にしないのに」

「でもやっぱりアタシも女ですから…。コンプレックスがあるんです。先輩はお優しいですから、仮にアタシがワンピースの水着で現れて、胸が無いのが分かっても、何も仰らないとは思うんですけど…」

「まあ、森川さんの胸の大きさを見るために今日プールに来たんじゃないしね。今日は楽しく遊ぼうよ!」

「そ、そうですよね!はい!ありがとうございます!」

そう言いながら、俺と森川さんのバッグを置くスペースを何とか確保し、俺が持ってきたレジャーシートを敷いた。

「ここにバッグとか置いておこう。お昼は何か買う?」

「あの、実は、美味しいかどうか分かんないんですけど、アタシ、お弁当作ってきたんです…」

森川さんはそう言って、バッグの中を見せてくれた。
中には、保冷材に包まれた竹で出来た弁当箱が2つ入っていた。

「わっ、森川さんの手作り?」

「はっ、はい!先輩に食べてもらいたくて…」

俺はなんと優しい女の子なんだと、感激した。

「じゃあお昼の楽しみにしとくね。ありがとう」

「いえっ、もし不味かったらごめんなさい!」

「不味いわけないよ、絶対」

「先輩…。なんて優しいんですか…」

森川さんはレジャーシートにペタリと座ったまま、目を拭いていた。泣いちゃったのかな?

「さあ森川さん、プールで遊ぼうか!」

「あっ、はい!アタシ、浮輪持ってきました。これで遊びましょう!」

森川さんの持ってきた浮輪を持って、俺たちは流れるプールへと向かった。

(この調子なら、楽しく過ごせそうだな…)

その通りにいくかどうか、この時点では神のみぞ知る状態だった…。

<次回へ続く>


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