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小説「15歳の傷痕」-3

- 青いスタスィオン -

公立高校の受験も無事に終わり、俺は親友の村山と共に第1志望のN高校に合格し、新たな高校生活を送ることになった。
束の間の休息を味わいたかったが、高校からは春休みも休ませないよとばかりに、課題が山のように出されていた。

1学期が始まったら、その課題からテストをやるそうだ。

オチオチ遊んでばかりもいられなかったが、本屋で「高1時代」とか「高1コース」の4月号を見ると、いよいよ俺も憧れのこんな雑誌を読めるんだな〜と思ったりもした。

一方、神戸がどうなったのかは知らなかったが、村山家からの情報で、N高校に合格していることを知った。

(まあもしかしたら吹奏楽部で一緒になるかもしれんけど、喋らなきゃいいだけだ)

俺はそう思い、心に決めた『神戸千賀子とは一生喋らない』を守ろうと思っていた。

一方、俺の親経由で、後輩の福本朋子さんがついに豊橋へ引っ越してしまったことも聞いたが、最後まで俺のことを気にしてくれ、広島に残れるんなら、俺と同じN高校に行きたい、とまで言ってくれていたそうだ。

そんなピュアな気持ちを持った女の子が遠くへ行ってしまい、俺をフッて直ぐに同じクラスの別の男子に告白する元カノが身近にいるのが、俺は悔しくてならなかった。

親友の村山はというと、卒業式の後に中学3年間ずっと片思いしていた女の子から逆指名を受ける形で告白を受け、カップルが誕生していた。

不思議なことに、村山が片思いしていた女の子とは、元吹奏楽部の副部長で、俺と1年間ペアを組んでくれた、船木典子さんだった。

俺はあまり船木さんとは喋れず、吹奏楽部の運営でも迷惑を掛けっぱなしだったが、それでも要所では「部長の言うことを聞きなさい!」とサポートしてくれ、俺を立ててくれて、感謝している。

是非俺と違って、長く続くカップルになってほしいものだ。

更に俺を驚かせたのは、村山が高校では吹奏楽部に入る!と言ったことだ。

「どうしたん?何でまた吹奏楽部に?」

「まあ、俺らが行く高校はプールがないってのも大きいかな。あとさ…」

「ん?」

「楽器が出来たら、カッコええじゃん」

ちょっと村山は照れながら言った。

ははーん、船木さんと付き合った影響もあるな?

村山は元々水泳部で、成績も結構優秀だったのだが、何故か高校は高台の立地のためにプールがない、これから進学予定の高校を、俺よりも早くから選んでいた。

もしかしたら、俺も知らないような、水泳の競技生活を続けられない何かがあるのかもしれないが…

そして3月31日、昭和60年度最後の日の夜、俺は神戸千賀子から交際中にもらった手紙を、全て社宅の裏庭で燃やした。

付き合い始めた頃にもらった手紙、10月頃に交換日記の代わりに毎日交換していた手紙、1月にもらった別れを告げる手紙。

マッチで火を着けた瞬間、ちょっと胸に迫るものもあったが…。

…これでいいんだ…。


そうこうしている内に、あっという間に高校の入学式の日を迎えた。

下見に一度、受験で二度、入学者説明会で一度、計4回N高校に来ているが、何度登校しても、国鉄宮島口駅から延々と山を登る通学路は苦痛だった。
なので入学式の日は親もいることから、友達一家で分散して、何台かのタクシーで高校まで行くことにした。

「アンタみたいに体力のない子が、毎日こんな道、通えるの?」

ウチの母親が思わず漏らした言葉だった。
俺は反骨心の塊だったから、通ってやるよ!と大見得を切ってしまった。

肝心なのはクラス分けだ。

1クラス47名で、全部で8クラスある。
俺が進学するN高校は、この近辺では珍しく、女子の制服にセーラー服を採用していることから、女子人気が高かった。
1クラス47人の内、女子が26名、男子が21名と各クラスの男女比率が均等になるように、クラス分けされているようだ。

各クラスで5名、女子が多い。
学年全体では40名になる。

それだけ女子が多いなら、今度こそ高校で、前の教訓を活かして素敵な彼女を見付けて、高校生らしい恋愛を経験してみたいなぁ…。

下駄箱の前に貼り出されたクラス分けの表には、みんな群がっていて、なかなか近付いて見ることが出来ない。

俺と同じ中学校から合格したのは20人ほどらしいから、同じクラスになれるのは確率的に2人か3人だろう。

「まーたお前とは別のクラスだったよ。なんでやろうな?」

先にクラス分け表を見た村山が声を掛けてきた。

「お前は何組になったの?」

「俺は6組。お前は7組だったよ。あっ、7組の表を見て驚くなよ!とだけ、俺からの遺言じゃ」

「なーにが遺言だよ、縁起でもない…」

と思いながらボードにやっとこさ近付いて1年7組の名簿表を見てみると…

(はあっ?なんで?何これ?なんの嫌がらせ?)

俺は思わず心の中で激怒した。

部活が吹奏楽部で一緒になるかもしれないのは覚悟していたが、どうしてクラスまで一緒になるんだ?神戸千賀子と…。

しかも出席番号は、俺が男子3番、神戸は女子4番。
最初は出席番号順に廊下側から男女男女と並んでいくから、俺の左斜め後ろに神戸がいることになる。

神様、俺は何か悪いことでもしましたか?

仏様、なんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないんですか?

俺の高校生活、出だしから最悪だ…。

同じクラスだからといって、神戸と喋ったりなんか、絶対にするものか。

因みに他に同じ中学校から進学して同じクラスになったのは、あと2人いる。これまた同じクラスだった、本橋清君と笹木恵美さんだ。

計4人ということで、ちょっと確率は高い方だが、寄りによって神戸千賀子と一緒にしなくても良いだろうに…。

竹吉先生、内申書に余計な事でも書いたんじゃないか?

とりあえず教室に入ると、まだ人影はまばらだった。
自分の席に座る。
黒板を見ると、

【祝・ご入学🎉🌸】

と書かれていた。なかなか綺麗に書いてある。担任の先生はクラス分けの表によれば美術の先生らしいから、先生が書いたのだろうか。

まだ入学式には時間があるから、俺は学校案内に目を通していたが、ふと背後に気配を感じた。少しだけ後ろを見ると…

(神戸千賀子!)

同じクラスになってしまったんだから、いつかは顔を合わせなくてはならないが、まだ早い、という変な気持ちが俺にはあった。

一瞬目と目が合ったが、俺は直ぐ視線を逸らし、前を向いた。

神戸千賀子は、何か俺に対して言いたそうな表情だったが、絶対俺は死ぬまで神戸千賀子とは喋らないと決めたんだ。

左斜め後ろに、神戸が座る音がした。
まだそれほど7組になった新入生は来てないし、話し掛けようとしたら、話せない距離ではない。

でも神戸千賀子も、結局黙ったまま席に座っていた。

(もっと7組の新入生、来てくれよ〜)

俺は奇妙な空間で、入学式が始まるのを待っていた。

その内、俺の前と後ろに男子がやって来て、少し奇妙な緊張状態からは、解放された。
だがその時点では、まだ「あっ、はじめまして〜、よろしく」位しか喋るネタがない。

しいて言えば、何中出身?くらいだ。

それに対しては、へぇーそうなんだ、くらいしか、これまた返事が出来ない。

慣れるにはしばらく掛かりそうだ…。

そんな中、気付いたら教室も新入生でほぼ一杯になり、担任の先生と思しき女性の先生が入ってきた。

「はい、皆さん!入学おめでとうございます!今から、入学式の会場へ向かいます。今ね、廊下側から、男女、男女と出席番号順に並んでます。このまままず廊下側の列から、廊下に出て下さい。その後ろに、次の男女の列が付いてって下さい」

そのように説明され、俺達は廊下に並び、順番に体育館へと向かった。
変わらず左斜め後ろには、神戸千賀子がいる。

体育館へ入ると、吹奏楽部が軽快なマーチを演奏していて、既に先に入っていた保護者や先輩方が手拍子しながら迎えてくれた。

俺は吹奏楽部が無事に存在していることに安堵した。俺のN高校志望理由の一つが、吹奏楽部で高級なバリトンサックスを吹く、だからだ。

また担任の先生の紹介では、俺の7組は、さっき体育館へと案内してくれたベテラン風の女性の先生ではなく、若い女性の先生だった。だが、専攻は美術というのはクラス分け表のとおりだった。

一通り入学式の儀式を終えると、再び吹奏楽部の演奏に乗って、教室へと戻る。

教室は保護者も体育館から移動して来たため、超満員状態になった。

その中で担任の美術の先生が挨拶された。

「皆さん!入学おめでとう!保護者の皆様もおめでとうございます。私は1年7組を受け持たせて頂く、末永香織と申します。担当教科は美術です」

保護者の中からヒソヒソと、若いねぇとか聞こえてきたのが気になったのか、末永先生は苦笑いしながら

「えー、私は若そうに見えますが、本当は…若いです」

ちょっとした笑いが起き、クラスの緊張状態が和んだ。

「実際は、既に卒業生を二度送り出していますので、その辺りで私の年齢を想像して頂ければと思いますが、多感な高校時代、私が担任でガッカリだと言われないよう、全力投球で、新入生のみんなのことを受け止めたいと思っています。今日初めて会って、いきなり信頼しろと言っても難しいと思いますが、生徒のみんなとは、明るく楽しく過ごしたいと思ってますし、ご家族に言えないような悩みとかあれば、私がいつでも相談に乗りますよ。まあ今日は初日ですので、明日からが本番です。明日は早速課題テストと、午後から部活動説明会があります。その他当面の予定表などを配りますので、前から後ろへ回して下さい」

俺の前には、2人の男子がいて、プリントが回されてきた。俺も必要な枚数を取って後ろへ回そうとしたが、左から後ろを向くと神戸千賀子が目に入ることに気づき、廊下側で狭いというのに、右から後ろを向いて、後ろの男子にプリントを回した。

自分でも、ここまでやるか!かえって意識し過ぎじゃないのか?とも思ったが、そこまでやらなきゃ俺の気持ちは収まらない。

プリントで当面の日程を確認すると、その日は終了となった。

大混雑する下駄箱で、6組の村山を待っていると、あるお母さんから声を掛けられた。

「上井君?上井君だよね?」

その声に振り向くと、誰かに似ているような母親世代の、スーツを着た女性がいた。

「は、はい。上井です」

「こんにちは。神戸千賀子の母です」

ゲッ!
誰かに似ている…と思ったのは、神戸千賀子に似ていたのだった。
入学式早々に俺がやらかした、神戸千賀子への失礼な行動を目にして、お怒りになって俺に声を掛けてきたのだろうか。

「ど、どうも…」

としか、言えない。だが神戸の母はこう言った。

「ごめんなさいね、上井君。ウチの子が中学卒業前に、上井君に失礼なことしたでしょう。ウチの子は何でも家で喋るから、去年、貴方が彼氏になったって聞いた時は、嬉しかったのよ。吹奏楽部で部長さんをしてたでしょう?勉強も出来るって聞いてたから、素敵な彼氏が出来て良かったねって、ホッとしてたのよ」

「あっ、そ、そうなんですか…」

俺はどう対処したら良いか分からなくなってしまった。

「だけど高校受験直前に、貴方と別れた、しかもウチの子から貴方のことをフッたと聞いて、私は物凄く怒ったの。なんでこんな大事な時期に、大切な彼をフッたりするの、って」

「……」

「そしたらあの子も言い返して来て、女の子の気持ちが分からない男子とは付き合えないから、上井君と別れて新しい彼を見つけた、って言うから、思わず私、あの子をひっぱたいたの」

「……」

「叩いちゃったのは後悔したけど、しばらく親子喧嘩状態よ。でも親子ですから、いつの間にか元に戻ったけど。でもあの子はあの子なりに、貴方がずっと教室で凄く落ち込んでるって言って、流石に悪いことしちゃった…って後悔してたのよ」

「そうなんですか…」

「だから、高校で8クラスもある中で、貴方と一緒のクラスになったのは、きっと何かのご縁だと思うの。だから貴方は、ウチの子のことは許せないと思ってると思うけど、いつか時が来たら、ちょっとでも話してやってね」

「あっ、はい…」

「じゃあまたね」

そう言って、神戸の母は姿を消した。

そんなに何でも家で話すのか…。

俺とは大違いだ。

神戸の母の言葉を聞き、多少俺の気持ちも揺らいだが、それでも話が出来るようになるまでには、まだまだかなりの時間が掛かるだろうな…。

神戸千賀子と1年7組で最初に目が合った時、何か俺に言おうとしたのは、もしかしたら

「ごめんね」

の一言だったのかもしれない。

でも真崎に告白して、すぐに打ち解けあって仲良く一緒に帰って行った瞬間を目撃した時の気持ち、中学の卒業式で真崎との親密ぶりを明らかに俺に見せ付けるようにしていた時の感情は、そう簡単に氷解したりしない。

だがお母さんの言葉で、ちょっと心の重石が取れたような気になったのは事実だ。

しかし、せっかく神戸の母が渾身のメッセージを俺にくれ、俺の気持ちも軽くなったというのに、俺の心が再び閉ざされる事件が起きる。

(次回へ続く)


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