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読切小説「初恋相手」

1

俺は受付へと足を進めた。

「あっ、長谷川君じゃない!久しぶり~」

「あ、その声は…善岡さん?」

と声を掛けてくれたのは、善岡美穂だった。

今日は中学校の同窓会だった。卒業25周年を記念して、一度盛大に集まろうという案内があり、東京へ転勤になっていて音信不通に近かった俺にも、幹事のお陰で辛うじて案内が届いたのだった。

「わー、嬉しい。覚えててくれた?今は善岡じゃなくて、和田っていう苗字なんだけどね」

「そうだね、女子は苗字が変わることが多いし、実際変わっちゃうとよっぽど細目に連絡を取っていなきゃ、音信不通になっちゃうよね。今日は受付なの?」

「そうなのよ~。やっぱり卒業後もそのまま地元にいると、何かやらされちゃうのよね」

と善岡は苦笑いしながら言った。俺は出席者名簿の自分の名前の横に印をつけ、会費を払おうとした。

「そういえば長谷川君、あの子の名前は名簿にあった?」

「えっ、ど、どうだったろう…。見たいような見たくないような…」

「まあもう1回見てみなよ、出席者名簿。はい、どうぞ」

「あっ、ありがとう」

善岡はそう言って、予備として横においてあった名簿を、俺に渡してくれた。

「あの子」というのは、俺の初恋相手の女の子のことだ。
俺と善岡美穂は近所に住んでいた関係もあって、幼稚園、小学校、中学校がずっと一緒だった。
いわゆる幼馴染だ。
クラスも結構一緒になることが多く、昔から何でも明け透けに話したりする間柄で、異性の親友という感覚だった。

俺が初めて女の子のことを心底好きになった時も、相談に乗ってくれた。
その女の子のことを「あの子」と、善岡さんは表現したのだった。

中学卒業後は、別々の高校に進学したこともあってあまり話さなくなり、俺は就職で東京へ行き、善岡さんがその後どういう人生を歩んでいたかは、全然知らなかった。だがどうやら、どこかへ引っ越したりしたことは無く、今もこの故郷で頑張っているのが、受付での会話で分かった。

(確か「あの子」は3組だったはず…)

俺は3組の出席者を確認したが、残念ながら「あの子」の名前はなかった。

「ありがとう、善岡さん。あの子は欠席みたいだよ」

俺は貸してもらった名簿を、汚したりしないようにしながら、善岡さんに返した。

「そっかー。残念だったね」

「まあ、仕方ないよ。同窓会に来たら会いたい人に必ず再会出来るってわけじゃないし」

「でも長谷川君、わざわざ東京から戻ってきたんでしょ?」

「うん。でもさ、善岡さんに久しぶりに会えたから、もうそれだけでも十分満足だよ」

「またー。口だけは都会で磨かれて上手くなっちゃって」

と言いつつも、善岡美穂も満更ではなさそうだ。

「じゃあとりあえず、名札を書いて、左胸に付けて、クラスのテーブルに座ってね」

「うん、ありがとう」

俺は言われた通り、俺のクラスのテーブルに座った。
俺は3年2組だったから、3―2という札が立っているテーブルを探した。

「おい、長谷川!こっち、こっち!」

と声を掛けてくれたのは、クラスのリーダー的存在だった林田だ。

「おー、懐かしいね!他にも2組は結構集まったんだね」

「そうだよ、長谷川君は東京行っちゃったから、滅多に会えないじゃない?それが今回は来るっていうから、女子も男子も結構集まったんだよ」

と教えてくれたのは、女子のリーダー的存在だった小島利恵だった。

「本当だ!他のクラスよりも人数が多いね、嬉しいなぁ」

俺は思わず嬉しくなって、元クラスメイトと次々と久しぶり〜と挨拶を交わした。


2

本番が始まると、すぐテーブルは入り乱れてしまう。2組のテーブルも、俺が来るから沢山のクラスメイトが出席したと言っていたが、散り散りになってしまった。

俺は中学時代の親友の永田が欠席だったから、話す相手もあまりいなかった。何か部活に入っていたら、また違った局面も生まれたのだろうが、帰宅部だったから、ただただテーブルに出される食事に手を付けて、会場の様子を眺めているだけだった。

「長谷川君、どうしたの?1人で黙々と食べてるけど」

そこへ、受付業務を終えた善岡美穂が戻ってきた。

「あ、お疲れ様。頑張って東京から戻っては来たけど、中学の時に仲良かった友達とかが欠席してるし、帰宅部だったから部活の繋がりもないしさ。食べて飲むしかないかな、と思って」

「寂しいじゃん、じゃあアタシが話し相手になってあげるよ」

「ホンマに?嬉しいよ」

「だってアタシも帰宅部だったじゃない。帰宅部員同士だよ」

「そういえばそうだったね。たまに帰り道が一緒になったこともあったよね」

「そうそう。だからアタシ達、たまに付き合ってるんじゃない?って言われたりしてね」

「あー、俺も言われたよ。迷惑じゃなかった?善岡さんだって俺以外の男子が好きだったんじゃない?」

「えっ、あ、うん…。そう言われると、そうなのかも…ね」

何故か善岡は言葉を濁すように、ぎこちない返事をした。

「そんなことよりさ、長谷川君の近況教えてよ。東京でどんな生活してるの?」

なんとなく善岡は昔の恋の話とかはしたくないのかな?と思いつつ、俺は近況を話した。

「そうだね~、まず今はバツイチなんだ」

「バツイチ?」

「うん。会社で知り合った同期の女の子と結婚したんだけどね。上手くいかなくて、離婚しちゃって。幸か不幸か子供は授からなかったんだけど、逆にもしかしたらその辺りが遠因なのかも…と思わないこともないかな…」

「そうなんだ…。何歳で結婚して、何歳で離婚したの?」

やっぱり女子は、この手の話は興味があるのかな。

「28歳で結婚したんだけど、その前に2年間付き合ってたんだ。で、離婚したのは31歳の時」

「計5年かぁ。赤ちゃんが出来なかったっていうけど、あの、その、アレ…やることはやってたんでしょ?」

顔を真っ赤にして俯きながら、善岡がそう聞いた。やっぱりストレートには言いにくいのだろう。

「そりゃあ、ね。結婚前は避妊に気を付けてたけど、結婚後は元奥さんの…女性特有の周期に合わせて、あの…えっと…やってたよ。俺、早く赤ちゃんが欲しいって思ってたからね」

俺も顔が赤くなってしまった。普段男同士なら何ということもない単語が、女性相手だと例えそれが幼馴染でも、言いにくい。いや、幼馴染だからこそ余計にストレートには言えない。

お互いに顔を赤らめてしまい、会話が途切れそうになったところで、同窓会ではありがちの、中学時代のアルバムや幹事が持ち寄った写真のスライドショーが始まった。

「あーっ、アタシ、昔の写真見たくないんだよねぇ」

話題が切り替わったからか、ホッとしたような顔で善岡が言う。

「なんで?俺は結構好きだけどなぁ、昔の写真見るのは」

「男子はまだいいよ。女子は恥ずかしいよ~。特に体操服!まだアタシ達の時は、ブルマだったじゃん。あと数年後なら、短パンに変わったらしいけどさ」

「なるほどね。確かにアレは、ちょっと男子からしても、見ていいのか?って思わないことも無かったなぁ。たまにパンツがはみ出てる子もいたしね」

「詳しいじゃん、長谷川君。なるほどねとか言って、実はしっかりガン見してたんじゃないの?」

「そ、そりゃあ思春期の男子だもん、スルーするやつの方が珍しいと思うよ?」

「あーっ、開き直ってる。もしかして、あの子のことも、そんな目で見てたの?」

「そりゃあ部活がバレーボール部だもん。嫌でも体操服姿を見ちゃうってば」

「そ、そっか…。仕方ない…のかな」

「ホラホラ、始まるよ!」

何とか女子のブルマに関する追及を逃げきれて、俺は安堵していた。案の定、会場内のアチコチから歓声が響いている。その中でもやはり、クラスマッチや体育祭で女子がブルマ姿で写っている場面では、女性陣からの見ないでー!恥ずかしー!と言った声がデカくなっていた。
スライドショーが終わった時には、なんとも言えない雰囲気が会場を支配していた。

「善岡さん、ブルマ姿で映ってた?」

「んもう、知らない!」

何故か俺は、わき腹を突かれてしまった。


3

同窓会恒例の、最後の集合写真を撮って、一旦解散になった。2次会に行くメンバーもいるようだが、俺は1次会だけで十分だった。何人かのクラスメイトとアドレスやLINEの交換をし、俺は帰ることにした。

「じゃあまたね」

と言って会場を後にし、1人で実家へと向かった。まだ日は高い。1人で帰るのは帰宅部時代を思い出す。トコトコと歩いていたら、後ろから走って来る足音が聞こえた。
ふと振り向くと、善岡美穂だった。

「どうしたの、善岡さん。2次会に行かなきゃいけないんじゃないの?」

「ハァ、ハァ、幹事は、1次会だけなの。2次会は行きたい人が行くってことになってて、お店だけは予約してあるけど、仕事は何もないの」

「だから善岡さんも帰ることにしたんだ?」

「ハァ…、そうよ。でも、長谷川君の足の速さは変わらないね、追い付くまで、こんなに、走ったのは、初めて…ハァ、ハァ…」

と、善岡は息を切らせながら言った。

「でも善岡さん、そんな走ってまで俺を追いかけてくるなんて、どうしたの?1次会だけじゃ、話しきれないネタがあったとか?」

「…うん。実はそうなんだ…」

「何々?気になるよ」

善岡美穂は、呼吸を落ち着け、覚悟を決めた表情で話し始めた。

「あのね、誰にも、言ってなかったんだけど、実はアタシも…バツイチなの…」

「えっ!?」

俺は心底驚き、固まってしまった。

「じゃあ、和田っていう苗字は?」

「結婚してた時の苗字なの。だから本当は、苗字は善岡に戻ってるんだ」

「そっ、そうだったんだ…。お子さんはいたの?」

「…ううん。いないよ。長谷川君と同じような感じだった。アタシも元旦那も、早く赤ちゃんが欲しいと思って、その…、あの…、アレを結構マメにやってたんだけど、どうしても赤ちゃんが授からなくってね。病院で調べてもらったら、アタシは特に問題なしだったんだけど、元旦那に原因があることが分かってね」

「そうなんだ?うーん、何て言ってあげたらいいか分かんないけど…」

「だからね、元旦那は、自分に責任があるから、早く他の男を見付けて再婚しなよって言ってくれて、離婚することになったんだけど、向こうの親はアタシが悪いの一点張りで、勝手に離婚するなんて許さないって…」

「善岡さん、そんな辛い目にあったんだ…」

ふと善岡を見ると、目に涙を浮かべていた。

「それでね、少し揉めたけど、離婚して出戻ったのが33歳の時。あ、結婚したのは24歳の時。だから9年間かな、色々な経験したのは…」

「そうなんだね…」

2人は立ち止まって話していたが、少しずつ歩き始めた。

「この帰り道、中学まではたまに長谷川君と一緒に帰ってたよね」

「そうそう。で、お前ら付き合ってるんだろ~って言われたりして。改めてその時は、ごめんね」

「…ううん。本当はね、アタシ、嬉しかったの」

「ん?今、何て言ったの?」

「…女の子を照れさせるんじゃないの!」

善岡は再び顔を赤くしていた。

「あの…もしかして、もしかしてだけど、善岡さん、俺のことを思ってくれてたとか…」

「…うん」

「ほ、本当に?」

「何度も言わせないで。本当よ。アタシ、長谷川君のこと、好きだったの」

「よ、善岡さん…」

再び2人の歩みが止まった。

「小さな頃からよく遊んだり、小学校の時はイタズラしたりされたり。何度もスカートめくられたよね。それなのに、こんなに近くにいるのに、長谷川君はなんであの子のことを好きになったのかなって、中学の時はちょっと悔しかったのよ」

突然の告白に、俺は驚くばかりだった。

「一体、いつから俺の事を…?」

「小学6年生の頃かな…。結構早いでしょ?」

「あ、うん…。でもなんで?6年生の時の俺なんて、それこそスカート捲ったりする悪ガキそのものだったでしょ。善岡さんが俺に惚れてまうやろ!みたいな要素は無いと思うけどな…」

「あのね、長谷川君は覚えてないと思うけど、小学校から帰る時に、小さな子が泣いてたんだけど、その子に長谷川君が、どうしたの?って声を掛けて、お母さんが探しに来るまで遊んで上げてたのを見たの」

「あ、何となく覚えてるよ。小さい子が、お母さーんって泣いてるから、迷子になったのかなって思って、遊んでたらその内お母さんが探しに来るかな?って思ってね」

「その様子、アタシ、ずっと見てたのよ」

「え?恥ずかしーっ!声掛けてくれればいいのに」

「そうだったかもね。でもその時は何故か、恥ずかしくって、電柱に隠れちゃったんだ。でもね、そんな長谷川君の姿を見たら、何だかさ、胸がキュンってしちゃって…」

善岡美穂の顔が真っ赤になった。

「それで、俺のことを?」

「…うん」

「えーっ、だったら俺、あの子のことが好きなんだとか言って、協力してよって頼んだのも、もしかしたら辛かった…?」

善岡は黙って頷いた。

「言ってくれてたら、俺、善岡さんにスカート捲りとかイタズラしなかったのに」

「んもう、論点はそこ?」

善岡はやっと笑ってくれた。

「言ってくれてたら、付き合ってたのに…じゃなくて?」

「あっ、そうだね、そう言うべきだった。ゴメンゴメン」

「でもアタシ、30年間の思いを、やっと長谷川君に言えて、良かった。これからも幼馴染として、仲良くしてくれる?」

「いや~、それはちょっと…」

「えっ、なんで?って、え…」

と善岡が反論しそうになった瞬間、俺は善岡の両肩を掴み、唇に唇を合わせた。

「幼馴染としてっていうより、俺はもうちょっと進んだ関係になりたいな。ダメ?」

善岡は再び顔を赤くして、しばらく考えていた。

「ダメならダメでも…」

「いいよ!」

「えっ?」

「だってアタシの初恋が、やーっと実ったんだもん。でしょ?」

「うん。今なら素直に、善岡さんにちゃんと向き合えるよ」

「よかった…ねえ長谷川君?」

「な、なに?」

「アタシを、東京に連れてってくれる?」

「そんな…いいの?仕事とかあるんじゃない?」

「アタシ、夢だったの。寿退社。ちょっと年は適齢期を過ぎてるけどね、アハハッ」

「それじゃあ…俺と一緒にこれからの人生を…?」

「結婚前提で、アタシを東京に連れてってくれる?ま、明日すぐにってのは無理だけど、アタシ、急いで準備するから。東京へ引っ越すための…あっ」

俺は思わず善岡を抱き締めた。

「こんな俺だけど、いい?」

「うん。こんな長谷川君だから、いいの」

俺たちはもう一度唇を合わせた。とても長い時間に感じられた。

「まだ俺たち、赤ちゃんを諦める年じゃないよね?」

「まだ40歳だもん。アタシ、諦めてないよ。長谷川君との赤ちゃん、早くほしいな」

そう言ってお互いに照れながら、手を繋いで、その先の家路についた。

「長谷川君の手、温かいね」

「善岡さんの手は柔らかいよ。幼稚園の頃、毎日手を繋いでたよね」

「そうそう。だから手を繋ぐのって何年振り?35年ぶり?アハハッ」

「俺、善岡さんのこと、大切にするよ。30年も待たせたんだから」

「ありがと。アタシの初恋の人!待たせ過ぎよ。なんてね」

さて俺は東京に帰ったら、今のアパートに奥さんが住んでもいいか、大屋さんに確認しなきゃな。これから忙しくなるな。でも、二度とないと思ってた忙しさだ、感謝しなくちゃ。

「ん?長谷川君、何考えてたの?」

「んーとね、俺たちの赤ちゃんの名前」

「もう、早過ぎよ!…でも最初は女の子がいいな」

「俺はどっちでもいいよ。俺たちの天使なんだから」

「そうだね。早くそのことで悩みたいな」

「善岡さんだって早過ぎじゃんか」

「女の子は夢見てもいいでしょ?赤ちゃんは2人はほしいなぁ…」

「じゃあ俺はもっと稼がなくちゃね」

「頼んだよ、未来の旦那様!」

善岡はそう言って、俺の頬にキスしてくれた。

初恋相手…。俺にとっては、中学時代のあの子かと思っていたが、意識してないだけで、本当は俺も善岡美穂が初恋相手なのかもしれない。だからこそ振り向いてほしくて、スカート捲りとかのイタズラをしたんだろうな。

俺は繋ぐ手に、ギュッと力を込めた。

「ん?どうしたの?」

「えっとね、俺の気持ち」

「ありがと」

善岡はそう言うと、繋いでいた手を外した。

「え?痛かった?」

「そうじゃないの。腕、いい?」

善岡は俺の左腕に、右腕を絡ませてきた。

「長谷川君とこうして歩くの、夢だったんだよ。夢が叶って嬉しい」

「俺こそ、ありがとう。2人で素敵な家庭を作ろうね」

「うん!」

そんな俺たちを祝うかのように、曇っていた空が明るくなった。

30年越しの初恋!俺は改めて、幸せを噛みしめていた。この子となら、きっと明るい未来を作っていける。

「…美穂…」

「ん?呼んだ?」

「幸せになろうね、美穂」

「うん!絶対に、ね。…密かにもうアタシの呼び方、変えちゃってるし」

「バレた?」

「うん。でも嬉しい。これからもそう呼んでね」

さてこのまま善岡家へ挨拶に行くか!結婚前提のあいさつに…。

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