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小説「15歳の傷痕」68〜after コンクール

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- 夏の終わりのハーモニー2 -

12分の吹奏楽コンクール本番が終わった。

同時に俺の心の中でも、

(全てが終わった)

という気持ちになった。

昨日の音楽室での最後の通し練習の方が、よっぽど出来が良かった。

今日の本番はみんなが緊張し、絶対に外してはならない音を外したり、ファンファーレでも先生の指揮を見てないのか、金管がバラバラに音を出したり、散々な出来だった。

俺自身も演奏の途中でバリトンサックスのリードが割れ、以後の演奏で上手く音が出せなかった箇所もあり、普段吹けている何でもないフレーズが吹けなかった。

(これでゴールド金賞なんて取れる訳がない…)

他の部員も本番が不出来だったのは十分に分かっているようで、中には楽器を片付けながら泣いている女子もいた。

新村は部長として、何とか雰囲気を上向きにしようと声を掛けていた。

「みんな全力で頑張ったじゃん!俺は後悔してないよ!」

でも、誰も声を出して答える部員がいなかった。

「俺は最高の仲間と最後のステージで、最高の会場で演奏出来たから、悔いはない!…とは、リードが割れたのもあって言えんけどさ。とにかくお疲れ様!」

俺も何とかこの沈黙した場所の雰囲気を変えたくて、思わず叫んだ。

それに応えてくれたのは、出河だった。

「先輩、リード割れたんですか?」

「ああ、これ。見てよ」

「うわっ、無惨に真っ二つになってるじゃないですか?よく最後まで演奏できましたね…」

出河が言うように、リードが右側で縦に裂けるように割れていて、本来ならすぐ交換すべき状態だったが、俺は予備のリードなど用意していなかったため、そのまま耐えるしかなかった。

ふとアルトサックスを片付けている若本を見ると、涙を堪えているように見えた。

(ゴールド金賞を取って、堂々と先輩に告白するね)

という若本の明るい言葉が、俺の頭の中でリフレインしている。

敢えて今は何も声を掛けない方が良いと判断し、バリトンサックスのケースをトラックに積んでから、同期の輪に入った。
演奏に出た俺を含めた5人と、応援に来てくれていた大村、神戸、大田、広田、村山の5人の計10人だ。

「悪かったな、上井」

そう言ったのは山中だった。

「せっかく自由曲で俺とお前の掛け合いがあったのに、音を外してしもうて」

「いや、俺も課題曲の途中でリードが割れてさ、その後マトモな演奏が出来んかったんよ。俺こそ悪かったよ」

と言い、俺は割れたリードを見せた。

「うわっ、ようこれで最後まで頑張ったのぉ」

大田が珍しくそう言ってくれた。

「ミエハル、せっかく頑張ったのに、有終の美を飾れなかったね…」

と広田さんが言ったが、

「いやっ?まだ結果は発表されてないから!奇跡が起きるかもよ?金賞常連校がバタバタ潰れていけば…」

「んなこと、なかろう〜」

伊東が横から脇腹を突いてきた。

「おわっ、まさか横から攻撃喰らうとは思わんかったよ」

少しずつ俺等同期は、和やかなムードになってきた。

「でも客席で聴いてくれて、どんなじゃった?」

山中がみんなに聞いた。

「なんかさ、焦っとる?そんな気がしたよ」

と言ったのは大村だった。

「うん、特に課題曲で、みんなが珍しく先生の指揮よりも走っとるような感じだったね」

続けて神戸さんもそう言った。

「自由曲が長めに感じたけぇ、みんな時間制限を意識してしもうたんじゃないかと思った。特に金管かな…。俺の意見だけどね」

大田の意見はこうだった。

「でもみんな頑張ったよ、本当に…」

広田さんがそう言ってくれた。その言葉で、救われたような気がした。この夏、練習には全力で参加してきた自負があった俺は、不覚にもホロッと涙が落ちた。

「ミエハル、泣いとる?」

太田さんがふと声を掛けてくれた。

「い、いや、目から汗が出ただけじゃけぇ」

と、とりあえず俺は否定した。

「でもミエハルのお陰で、楽しい2年半だったよ。ありがとう」

太田さんがそう返してくれた。

「そうそう、俺が部長になってたら、多分吹奏楽部は破滅したと思う」

大村がワザと明るくそう言ってくれた。だがその言葉に、またも俺は涙が落ちた。

「ミエハル、沢山の悩みを背負って、それでも明るい部活にしてくれて、ありがとね」

広田さんが続けて言った。もう俺は耐えられなかった。その場に座り込んで、ハンカチを取り出し、顔を覆った。

みんながよくやったよと肩を叩いてくれた。同期のありがたさを改めて実感した。

「先輩のみなさ~ん、写真撮りましょう!」

ちょっと離れた所から、新村が呼んでくれた。業者による公式写真は出番終了直後に撮っていたから、カメラを持って来ていた部員が、記念に撮ろうと声を掛けてくれたのだろう。

「応援に来てくれた3年生もいい?」

山中が言った。

「もちろんです!是非是非」

「じゃあ、みんな、行こうや」

山中が音頭を取ってくれた。座り込んでいた俺を引っ張ってくれたのは、村山だった。

「行こうや」

「あっ、ああ。ありがとう」

さっきまで静まっていた場所が、既に写真の撮り合いでキャーキャーと賑やかになっていた。

「あっ、ミエハル先輩、写真撮ろー!」

ありがたいことに、俺なんかと写真を撮りたいと言ってくれる後輩が沢山いる。
何人かと撮った後、若本が来た。

「ミエハル先輩、アタシの気持ち、高校に戻ったら…伝えるね」

そう周りに聞こえない声で囁いた。

「分かったよ」

俺も周りに分からないように返した。

今日は結果発表が早いので、最後まで全員いることになっていて、部長が表彰式に出ることになっていた。その後、バスで高校まで全員一緒に戻ることになっている。

去年は会場の都合か、表彰式などは無く、結果は模造紙に書かれて貼り出す方式で発表され、賞状を事務局に取りに行くことになっていたので、少し今年の新村が羨ましかった。

俺は出場者用のチケットとパンフレットをもらい、会場へ入ったが、みんなが固まって観る辺りは避け、出来れば1人になりたかったので、あまり観客がいない、目立たない2階の隅っこにこっそり座った。

(何とか明るくしようとしたけど、今日の演奏じゃあ、銀賞も怪しいな…。ヘタしたら銅賞かもしれない…。引退ステージが銅賞なんて、悲しすぎるな…)

この夏休み中の出来事を回想しながら、なんとか銀賞に引っ掛からないか、祈るような気持ちになっていた。


出場全高校の演奏が終わり、長い休憩に入った。
この間に審査員が金賞、銀賞、銅賞を各校に振り分けていく。

場内が明るくなり、各校の固まりがアチコチに出来ているのが、上からだとよく見えた。

「各校の部長さんは、ステージに向かって左側に集まって下さい」

何度かこの場内アナウンスが流れていた。
この休憩中も、俺はずっと座席に座ったままだった。

すると、ミエハルは何処に行った?とでも思われたのか、俺の高校の固まりがザワザワしながら、場内をキョロキョロしている。

見付けられたらそれまで、という気持ちで、俺はそのまま座っていた。

すると、やはりというか、上井なら2階の隅っこじゃないかと予想を立ててやって来た女子がいた。

「ミエハル、やっぱりここだったんだね」

「ごめん、今は1人になりたいって思って…。大田はいいの?」

「彼は、上井くんの……ミエハルの気持ちが俺には分かるからって、アタシだけ行って上げてくれって」

そう、俺を見付けたのは広田さんだった。だが俺の行動を予測したのは、大田だろう。ぶっきら棒だが心根が優しい大田ならではの気遣いに感謝した。

「横、いい?」

「うん、空いてるよ」

広田さんは俺の横の座席に座った。

「ミエハル、変わんないね」

「そう?成長してないかな?」

「ううん、悩みとか辛い事があると、みんなの前ではいつも通り振る舞うけど、みんな帰った後、1人で音楽室で悩みを解決しようとずっと考えてたじゃん」

「広田さんにはバレてたよね」

「今日の演奏も、ミエハルには納得いくものじゃなかったんでしょ?リードが途中で裂けるように割れたのもあったけど、とにかくこれで引退だっていうステージなのに、バリサクにせっかく戻ったのに、満足いく演奏が出来なかった、そう思ってない?」

「なんでそんなに他人の心が読めるのさ」

「言ったじゃん、年末のアンコンの帰りに。ミエハルは本当は凄い色々背負って1人で苦しんでるのに、アタシ達にはそんな姿を見せない。そりゃそうよね、アタシ達が全員帰った後で、ミエハルは1人で悩み、苦しんでたんだもん」

「…そうだよね、広田さんには何故かバレてて…。あっ!広田さんの家って…」

「いま分かった?高校から徒歩2分。音楽室の明かりがいつまで付いてるかなんて、よく分かるから」

「そっかぁ~。それでバレてたんだね」

今更ながら、なるほどそうだったか…と思っていた。

「それで今日は、ミエハル最後の演奏なのに納得いかなかった…、それは分かるんだけど、それ以外にも1人になりたかった何かがあるんじゃない?今日の演奏に納得してないのは、部員のみんな、殆どだから」

「…相手がある話だから、詳しくは言えないんだけど…。広田さんの言うとおり、満足いかない演奏の他に、もう一つ、1人で考えたかった理由があるんだ」

「何となく分かるよ、アタシ」

「え?」

「多分、ミエハルに告白しようとしてる後輩の女の子がおるんじゃない?今日がミエハル先輩に会える最後の日じゃけぇ。その子から、コンクールの後に告白しますって言われてたけど、それを受ける心理状況じゃないとか」

「宮田のアネゴもだけど、何故にこんなに俺の深層心理って読まれちゃうんだろう?」

「当たってた?」

「大半はね。まああんまり詳しくは話せないけど…」

「でもミエハル、失恋の悩みで苦しんでた半年前と違って、モテる悩みに変わったじゃん。ある意味、贅沢だよ。良かったね」

「贅沢かぁ…。確かにそうかもね。失恋しかして来なかったから、今まで」

「アタシの本音的に言うと、せっかくミエハルのことを好きって言ってくれる女の子がいるなら、悩まずに付き合えばいいと思うよ。詳しい背景が分からんけぇ、その答えが合っとるかどうかは、分かんないけど」

「ありがとう、広田さん。女子ならではの意見、助かるよ」

「アハハッ、なんか最後は結局アタシがミエハルの悩みを聞くことになったね」

「そうやね。太田さんに聞き役を引き受けてもらったけど、最後のステージで、広田さんに結局悩みを聞いてもらうという…」

「じゃあそろそろ結果発表じゃけど、どうする?このままここにおる?みんなの所に行く?」

「…みんなの所に行こうか。ゴールドとは呼ばれなさそうじゃけど、ね」

広田さんと一緒に、俺は1階客席へと降りた。

ウチの高校の固まりへ行くと、何処にいたんですか〜と攻撃されてしまったが、審査員しとったんよ〜等とボケながら、一つ空いていた席に座った。

そのタイミングで、ステージがパッと明るくなり、各校の部長が壇上に出演順に並んでいた。

「それでは皆様、お待たせいたしました。結果発表いたします。出演順に発表していきますが、金賞と銀賞は聞き間違えやすいので、金賞の場合はゴールド金賞、と発表させて頂きます」

場内がザワザワしている。

「それでは出演順に発表いたします。1番H高校、銀賞…」

俺は目をつぶって、せめて銅賞にだけはならないでくれと祈るばかりだった。
その内3番目の高校がゴールド金賞だったようで、キャーッ!という歓声が聞こえてきた。3番目は広島市内のF高校だ。出る前から金賞が約束されているような高校だ。

司会者はその後も順番に賞を読み上げていく。なかなかゴールド金賞が出ない。
確かに上手い高校はクジ引きのためなのか、後半に集中しているようには思っていた。

その内、俺たちの高校が呼ばれた。

「6番N高校、銀賞…」

周りのみんなは、安堵した声を上げていた。俺も銅賞だけは避けたかったから、なんとか最低限のハードルはクリア出来たと思った。

ステージ上では新村が表彰状と記念の盾を受け取り、俺たちの方に見せていた。会場内は拍手に包まれた。

銅賞じゃなくて最低限の責任は果たせたと思いつつ、俺はこれが高校現役生として最後の演奏になるのかと思うと、無念の涙が一筋、頬を伝った。


「今日は皆さん、お疲れ様でした」

広島厚生年金会館から楽器を戻し、片付け終わった後のミーティングで、新村が締めの話をしていた。

「この結果、皆さん、満足しておられますか?」

と新村が問いかける。頷く者は誰もいない。

「俺も悔しいです。去年、風紋でコンクールに出た時の、審査員の講評を、俺は見せてもらったことがあります。去年も銀賞でしたが、実はあと一歩で金賞だったんです。それが今年の講評は、普通の評価でしかありませんでした。銀の中の銀、という評価でした。1年に一度しかないコンクールで、俺たちは去年より退化してしまいました。去年の上井部長と約束したことを、俺は果たせませんでした。先輩達にも申し訳ないですし、みんなにも申し訳ないです」

新村が絞り出すように言葉を紡いでいた。

「是非、今の1年生のみんな、今の悔しさ、残念さを、絶対に忘れないで下さい。来年、進化した吹奏楽部へと成長させられるのは、今の1年生のみんなです。俺たちの代までずっと銀賞続きという無念さを、絶対来年は晴らして下さい!」

所々から、はい、という声が上がる。俺は思わず喋ってしまった。

「みんなー、元気がないよ!元気だそうよ!俺はもうコンクールに出れないけど、1年生、2年生のみんなは来年まだリベンジのチャンスがあるんだよ。若いって羨ましいよ。だからさ、今日出た3年生5人の思いは、メッチャ重たい物として、この部屋に置いておくけぇ、来年、軽くしてやってくれ。頼んだよ!」

山中が横から、お前は結局最後までいなきゃいけない存在だったな、と声を掛けてくれた。伊東も珍しく、留年して来年のコンクールに出ようかなと、冗談半分本気半分のようなことを言っている。

「上井先輩、ありがとうございます。今日はこんな感じで終わりを迎えてしまいましたが、まだ体育祭、吹奏楽まつり、アンコンや依頼演奏も入ってきます。3年生の先輩方と演奏するのは、今日が最後となりましたが、これからもみんな頑張りましょう!では、今日はこれで解散といたします。疲れを取って下さいね。3年生の先輩、ありがとうございました」

後輩達が俺たちの方を向いて、次々とありがとうございました、と声を掛けてくれる。太田さんと末田さんは、感極まって泣いてしまっていた。
俺と山中、伊東の3人も、しばらく駄弁っていたが、伊東がまず先に帰り、次に山中が帰った。

この時点で音楽室には俺と新村の2人だけとなっていた。

(若本は…?)

疲れて帰ったのかもしれないと思い、新村に後を託して、帰ることにした。

音楽室を出ると、もう2度と来ない訳ではないのに、自然と涙が溢れてきた。
約2年半の吹奏楽部現役部員としての活動に区切りが着いたのだ。

(たまには思い出に浸ってもいいよな…)

と、1年生として入部した時のことから、部長になったこと、失恋が続いたこと、コンクール、コンテスト系で一つもゴールド金賞を取れなかったこと、先生に夏まで部長をしてくれと言われたこと、入院したこと、とにかく色んな思い出が、クラスよりも部活に詰まっている。

ゆっくり歩いて下駄箱に着いたら、そこには若本の姿があった。

「ミエハル先輩、遅いんじゃけぇ…。待ってたよ」


「若本…。ごめんね、待ってくれてたんだね」

「だって、今日は先輩にアタシの気持ちを伝えなきゃいけないから…」

俺は遂にこの時が来た、と覚悟した。コンクールの結果が銀賞だった以上、若本から告げられる言葉は決まっているからだ。

「どうする?帰りながら、話す?」

「まだ他の部活やってるよね。屋上に行かない?」

「ああ、いいよ」

俺と若本は屋上へ向かった。結果が不合格と分かっている受験結果を見に行くような感じだ。

屋上に着くと、もうすぐ暮れようとしている夕陽が、最後の輝きを発していた。

「ミエハル先輩、今日はお疲れ様!」

若本は手すりに捕まって、海の方を眺めながら言った。俺はベンチに座り、答えた。

「若本こそ、お疲れ様!」

若本はその位置から少し顔を俺の方に向けて、言った。

「ミエハル先輩…。銀賞だったね」

「うん…。でも俺は銅賞も有り得ると思ってたから、まだホッとしてるけど」

「先輩、沢山泣いたでしょ、今日は。顔が腫れぼったいもん」

「分かる?」

「分かるよー。というか、その顔を見たら、誰だって分かるよ」

そこで一息入れて、若本は決心したかのように、俺に告げた。

「ねえ先輩。アタシと先輩って、上手くいかないように神様が見張ってるのかな…」

少し若本の声は泣き声っぽくなっていた。

「うーん…神様のせい?」

「そう。というかね、そうとでも思わないと、アタシの気持ちの持って行き場がないの」

若本は手すりから少しずつ歩いて、俺の座っているベンチに辿り着き、俺の横に座った。

「アタシ、金賞を取って、堂々とミエハル先輩に好きです、付き合って下さい!って言う事しか考えて無かったから、今日の本番の不出来に愕然としちゃってね」

若本は語り続けた。

「演奏中からイライラしちゃったのは久しぶり。なんでいつもしないリードミスを、何回もクラはやるの?とか、金管のみんな、先生の指揮を見てないでしょ?とか…」

「確かにね」

「全部終わった後、アタシは先輩に顔向け出来ないって思ったよ。何が金賞取って告白よ…って、ちょっとヤケになってたの」

「…そうなんだ」

「その後、後半の高校の演奏聴いてても、全然入って来なくて。ミエハル先輩にどう向き合わせてもらおうかな、そればかり考えてたの」

「うん…」

「アタシ、ミエハル先輩が去年告白してくれた時に戻って、やり直したい…」

若本は堪えきれなくなったのか、涙を流しながら話し続けた。

「アタシはミエハル先輩のことが、やっぱり好き。好きなの。なんで去年、村山先輩にラブレター書いちゃったんだろう」

俺は何も言えなかった。

「ミエハル先輩は本当にいつも明るくて、お話ししてても楽しいし、アタシなんかに凄い気を使って下さるし、アタシがどんな暴投をしても、ちゃんとキャッチして返して下さるし、何より…裏切ったアタシのことを許して下さった…こんなに素敵な先輩、いないよ…」

そこまで喋ると、若本は声を上げて泣いた。
俺は若本の肩を抱き、トントンと慰めるしか出来なかった。

「俺は…そんな偉い人間じゃないよ。みんなが良いように言ってくれてる、みんなの前では明るくて、悩む時は1人で背負うってのも、先生とか同期の人間に、悩んでるのを知られたくないだけだし」

「そんな所が、ミエハル先輩の良い所…。村山先輩なんて悩みがあったら、みんな、俺は今悩んでるんだぜ、みたいに廊下でワザと1人ポツンと立ってたり、練習の輪を乱してたもん。アタシ、そんなの止めなよって、付き合ってた時に言ったんだ」

「え?マジで?」

「うん。そしたら、俺の癖じゃけぇ、放っといてくれって言われたんよ」

「癖って、そんな時にはあまり使わないと思うけどなぁ」

「そんなこんなで、みんなもあまり賛成してくれない村山先輩とのお付き合いは間違い、そう思って、定演の後に別れたの」

「で、直ぐに俺に話し掛けてくれたんだね」

「先輩は最初は戸惑ってたけど、すぐにアタシのことを受け入れてくれて。凄い嬉しかったよ、アタシ」

話してる間に、夕陽も沈み、暗くなってきた。

「いつまででもミエハル先輩と話してたいけど…」

「うん。覚悟はしてるよ」

「先輩、本当は告白したかったの、アタシ。なんで金賞取って、なんて条件付けたんだろう…」

「本音を聞かせてもらったから、俺は十分に納得してる。大丈夫だから」

「ミエハル先輩、好き!大好き!…でも、この気持ち、封印するね」

若本は一度乾いた涙が再び溢れていた。

「俺も、若本のことが好きだった。こんなに会話が弾む女の子と付き合いたいと思ってた。でも、お互いに条件を付けちゃった以上、仕方ないよね。自分に嘘を付いちゃうことになるから…」

「ミエハル先輩…。最後に…」

若本は俺に抱きつくと、唇を重ねてきた。

昨日のキスと違い、少ししょっぱい味がした。そして若本は、別れを惜しむかのように、何度も何度も俺の唇を求めてきた。そして最後はこう言った。

「ミエハル先輩、寂しいけど…。これでサヨナラ…。次に会う時は、普通の後輩として扱ってね。じゃあ、ね」

若本は涙を堪えて、俺に背を向け、真っ直ぐ下駄箱へ向かった。

俺は若本の後ろ姿を見送ることしか出来なかった。失恋記録更新だ…。
だが若本はふと振り返ると、

「ミエハル先輩、森川といいカップルになってね!」

と、最後の言葉を残していった。

俺はその言葉を受け、ベンチに横になり、しばらく悩むことにした。

(こんな若本との終わり方で、森川さんにすぐ気持ちが移れるかよ…。森川さんもそんなのは、嫌なんじゃないか…?)

この悩みの答えは、二学期の始業式までに出さなきゃ…。

<次回へ続く>


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