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「内奏」ってなに?―天皇と政治の結節点

はじめに

 もうすぐになった天皇陛下の御退位と皇太子徳仁親王の御即位。

5月1日には元号も「令和」に改められ、一つの新しい時代が始まると言っても良いでしょう。歴史的にも数十年に一度の出来事、10月には即位に関する様々な行事が執り行われる予定ですし、何よりもこのおかげでGWが空前の10連休になります。メディアや国民の多くも、皇室や明仁天皇に好意を抱き、平成31年=令和元年を彩るこの一連の行事に注目しています。

 ところで皆さん、天皇と政治は今では完全に分離されていると思っていませんか?確かに日本国憲法は第4条で天皇が国政に関する権能を有しないと定め、歴代の政府も天皇が政治に関与したととられないように、また天皇を政治利用しないように注意を払ってきました。戦前のような国家元首ではなく、あくまで国民統合の象徴としての天皇、存在はしているけれども基本的には何もしない、いわば「はりぼて」としての天皇。これを読んでおられる皆さんのイメージも、基本的にそこまでずれていないのではないかと思います。

しかしこれは本当でしょうか?実は現在でも、天皇には政治と関わる場面があります。それは「内奏」と言われる戦前以来の慣行です。天皇の政治への関与が禁止されているはずの日本国憲法のもとで内奏が続いているのは何故か?実際何をしているのか?内奏について簡単に見ていきましょう。

内奏とは

 内奏とはそもそも何か。大日本帝国憲法において、天皇は憲法上あらゆる国家権力を掌握する主権者でありました。もちろん実際には首相や裁判所が代行していたのですが、この名目のために、命令文書などは天皇が署名し発布する必要がありました。大臣や帝国議会、軍部の長など、国家において重要な役割を担う人々が、天皇の許可と署名が必要な文書などを報告することを「上奏」といい、正式に制度化されていました。
一方、上奏は正式な報告手続きである以上、天皇がその内容を拒否することは憲法上可能であっても、実際にしてしまうと政治が滞ってしまうので、上奏は全てその通りに容れられるようになります。でもそれでは天皇の意見が全く反映されず不都合が生じてしまう。これを回避するために上奏前に内々に天皇の意向を聞き、賛否がどうであるかを確かめたり質問を受けて天皇に理解を求めたりするために、正式な手続きには入らない「内奏」という段階を踏んで、天皇に上奏内容についてお知らせするようになりました。戦前には、大臣の人事案や議会の議論内容・進行、あるいは公には出来ない秘密の外交交渉の結果などについて天皇は内奏を受け、その過程で政治に対し一定の影響を及ぼしていました。例えば戦中期、陸軍の東條英機参謀総長(首相兼務)が後任の参謀総長を天皇に上奏する前に内奏によって意見を聞きましたが、暗に変更を求められたため天皇の信頼の篤い軍人にした上で改めて上奏した、という例があります※1。

復活した内奏―象徴天皇と政治

 日本国憲法が施行されると、帝国憲法とは大きく違う新しい天皇像が求められるようになりました。政治に関与できる天皇ではない、「不執政の天皇」です。憲法施行後すぐに政権を担った芦田均はこの理念を実現するべく、終戦後も慣習として続いていた内奏を廃止しようとしました。しかしこれは昭和天皇の反発を招きます。20年以上も帝国の君主として振る舞い続けてきた天皇に、唐突に「象徴天皇」になれというのも無理な話ですし、実際天皇は終生、象徴というよりは君主としての意識を持ち続けていたらしいことが言動からわかっています※2。内奏を廃止するという芦田の言葉に対し、「(首相は)宮内府(現宮内庁)を監督する権限を持っているのだから、時々来て話をして欲しい」(『芦田日記』)と述べ、普通の国務大臣は良いとしても首相だけは内奏を継続するように抵抗し(宮内府を管轄していたのは首相)、これには芦田も折れて自身の内奏は継続させました。
以降、内奏は現在まで生き残りました。米軍の駐留を希望していた天皇は、渡米直前の外務大臣※3の内奏で米軍を撤退させてはならないと意見したり、佐藤栄作首相とは深い関係を持ち、一度の内奏で二時間も国事行為の範囲を逸脱するような様々な方面のことについてやりとりした、という記録が残っています。田中角栄内閣の時には、増原防衛庁長官が内奏の際に天皇が言った内容を漏洩し辞職に追い込まれました(増原事件)が、それは「近隣諸国に比べ自衛力がそんなに大きいとは思えない。」というものでした。現在とは違い未だ広く受け入れられたとは言いがたかった自衛隊など、デリケートな政治問題に対して率直に意見を述べた天皇の行動も、厳密な「象徴天皇像」からは離れたものだと言えるでしょう。
 これだけでなく、昭和天皇は積極的に行動し、情報を仕入れ、また時には内奏をする人の行動に影響を与えることもありました。戦後も決して、天皇は政治と無関係ではなかったのです。

平成の内奏―「平成流」の確立

 内奏は平成になっても続きました。平成25年には、天皇の傘寿を記念して公開された写真・映像の中で、初めて内奏の様子が公開されました。
** どういった内奏をしているのか、昭和天皇とは違い内容は未だ明らかになっていません。ただ特徴として、阪神淡路大震災や東日本大震災など大災害の情報を収集するために、関係閣僚や官僚たちに内奏(あるいは「説明」)を積極的に求める傾向があるということは分析されています。かつて軍の最高司令官であった過去から自衛隊と触れ合うことが難しかった昭和天皇とは違い、明仁天皇は自衛隊のトップも皇居に招いて説明を求めるなど、先例に固執するのでもなく積極的に自らの「象徴像」を追求しました。未だ詳細は明らかではありませんが、平成の代になっても天皇は内奏を重要な情報獲得ルートとして積極的に活用し、「平成流」(河西秀哉)を確立していった**と言えます。

**まとめ―内奏はなぜ必要なのか? **

 専制的な権力を有さず、もはや「象徴」と化した君主が現代国家において果たす役割はなにか?君主制を論じる際に欠かせないのが、イギリスの思想家W.バジョットの「イギリス憲政論」です。彼は、国家を安定的に運用していくためには、日本で言う国会や内閣といった実質的に政治を動かしている部分だけでなく、「尊厳部分(dignified part)」も必要であると論じました。1人の道徳的に優れた清廉の君主が、長きに渡り在位し、国民の尊敬と支持を集める。国家の長である大統領が数年おきに変わり、その過程でも色々と党派的な争いのある共和制と違い、数十年間同一人物が務め、かつ党派の争いもなくわかりやすい君主は、それだけで政治や国家の安定に大いに寄与する、と分析したのです。その上で立憲君主には
・「意見する権利」
・「警告する権利」
・「奨励する権利」

の3つがある、と述べました。
 バジョットは19世紀の人間であり、彼の論が現代に直接当てはまるとは言えません。20世紀のある憲法学者は、もはや君主には「報告・説明を受ける権利」しか残されていない、と主張しました。しかしこれは逆に言うと、現代においても君主には情報を収集し、状況を把握する権利は認められている、とも言えます。それを前提として考えれば、天皇が受ける内奏も、国内外の様々な情報を収集し、徳ある君主として行動するための必須のツールと言えるのではないでしょうか。
 明仁天皇はこれまで、内奏を通して情報を収集しながら、被災地訪問や第二次大戦の激戦地の慰霊など、「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添う」(『おことば』)ことを通して、有徳の君主として国民の支持を集め、「国民統合の象徴」たろうと心がけてきました。平成28年に明仁天皇が退位を暗にほのめかした「おことば」の後のNHK世論調査は、多くの国民は天皇・皇室に親しみを感じ、また皇室との距離が近くなったと、明仁天皇の取り組みを評価する結果を示しました。これを踏まえると、次代にも「平成流」が継承され天皇が有徳の君主として支持され続けるためには、内奏は積極的に活用されるべきでしょう。しかし一方で昭和天皇のように、内奏によって民主的な正統性を有しない天皇が国政に影響を及ぼしうることにも、注意を払わなければなりません。また「おことば」自体も、内閣の承認なく発せられ、直接的に変革を主張してはいないものの結果的に皇室の制度設計という政治的なものを変化させました。憲法の予定していた厳格な「不執政の天皇」の枠を超えて、天皇の役割が膨張しつつあります。これをどう捉えるか、そして次代の天皇がどういった天皇像を構築していくか。今回紹介した「内奏」という一側面から、そういったことも考えていってほしいと思います。

【注意書き】
この記事において、平成の間に在位した第125代天皇を「明仁天皇」と統一して呼称していますが、特定の天皇をわかりやすく表現するために用いるものであり、侮蔑などその他一切の意図は介在していないことを留意されたく思います。

・文中の注について
※1 具体的には、後宮淳参謀次長→梅津美治郎関東軍総司令官
※2 例えば1977年の記者会見で、「日本の皇室は昔から国民の信頼によって万世一系を保って」きたのであり、「皇室もまた国民をわが子(“赤子”)と考えられて」きたという戦前以来の万世一系論や家族国家論を開陳した。
※3 鳩山一郎内閣の重光葵外相に対して

参考文献・サイト
後藤致人(2010)「内奏―天皇と政治の近現代」中公新書

君塚直隆(2018)「立憲君主制の現在 日本人は『象徴天皇』を維持できるか」新潮社選書
茶谷誠一(2017)「象徴天皇制の成立:昭和天皇と宮中の『葛藤』」NHK出版
吉田裕,瀬畑源,河西秀哉編(2017)「平成の天皇制とは何か : 制度と個人のはざまで」岩波書店

NHK「生前退位に関する世論調査(RDD追跡法) 単純集計結果」(https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20160905_1.pdf)平成28年8月26日~28日実施
宮内庁「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」(http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12)

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