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【BLUE GIANT】熱量で人を魅了する映画の話|鑑賞記録と考えたこと

BLUE GIANTのサブスク配信が始まった。
それとほぼ時を同じくして、早稲田松竹でも上映がはじまった。期間は1週間。
恋人が一番好きな映画を映画館で見られるまたとないチャンスに、わたしたちは迷わず予定を入れた。

わたしの恋人は、この作品を劇場で4回、家や飛行機で3回鑑賞するくらいこの作品を愛する人だ。
それでも彼は、作品について内容を今日までほとんど語ることなく、ただいつも通りの雑談をしながらわたしの左隣に座った。

その日、名画座には珍しく5歳くらいの男の子とその母親がわたしの右隣の席に座っていた。
「子どもなんて珍しい、これもアニメ映画ならではの魅力なんだろうな」
当初はそのくらいにしか思っていなかった。

映画が始まって、その男の子はときどき母親に耳打ちをしている。
内容は聞こえなかった。母親は少し周りを気にしているようで、うなずくだけで言葉を返す様子はない。

子どもだし、集中力が続きにくいのは仕方ない。
むしろ大人でごった返す日曜日の名画座まで足を運ぶくらいの映画好きならば、少しくらいの迷惑なんて帳消しだな。
そんなふうに思い、迷惑だとすら思っていなかった。

一度だけ、その男の子のかすかな声が聞こえたシーンがある。
JASSがカツシカJAZZ FESTIVALに出演する直前のシーン。バックステージで大がこう言う。
「全力でやるべ。」
そのすぐ後に男の子はそれを真似して同じことを言った。
「全力でやるべ。」
そしてこう付け加えた。
「楽しみ。」
演奏直前の緊張した静寂の中で、その言葉がわたしの心に波を立てるように響いた。

わたしは気づいた。
彼はこの作品を知っている。それどころか大ファンなのだ。
音楽をやっているのかもしれない。それでなくてもなにか熱中しているものを持っているのかもしれない。
食べることも寝ることも忘れてただ自分が成長して乗り越えていくことだけを楽しむあの時間を、彼はその年齢で経験しているのだろうか。
勝手ながら、顔もまともに見ていない彼と自分との壁が崩れていくような感覚に落ちた。

スクリーンから伝わってくる、うだるくらいの熱。
それに観客も引き込まれ、温度を上げていく。わたしではない熱源が、見なくてもわかるくらいスクリーンに引きつけられている。
わたしの左隣で最初から最後まで握っていた手から伝わる大切な人の熱量。それと同じように、右隣にいたその彼の熱量も半身に感じた。その双方に挟まれる空間がとても心地よかった。




映画が終わって、母親はこちらに「すみませんでした、うるさくて」と一言気を配ってくれた。
だけど、わたしはそれを全くうるさいだなんて思わなかったから、少しだけ面食らって
「いえ、まったく。」
それくらいしか返せなかった。

ほんとうは、この作品お好きなんですか?なんて声をかけてみたかったけれど。
母親のトートバッグには、渋谷にある映画館のロゴが入っていた。母親も相当な映画好きだなんて、なんと豊かな家庭だろうか。

帰り道、2人はどんな会話をするんだろう。彼はどんなことを感じたんだろう。
わたしたちより先を歩いて遠ざかる2人を見ながら、わたしは静かにそう思った。


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