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知らないことを知るために旅立つ女の子の話

賢くて繊細でものがわかりすぎる女の子はなんだか不機嫌です。湧水のそばに行って地球の記憶を眺めましたがいつものようにワクワクしません。

大地が女の子に「どうしたの?」と尋ねます。

「わからないけど腹が立つの。私ってそんなに森の賢い人にしか見えないの? 単なる親切な女の子に見えないの?」

大地は言います。「そんなに単なる女の子に見られたいの?」

「私をよく知るとみんな人間扱いしなくなる。でも出会い頭で森の賢い人ってバレるのはなんだかイヤ。私は何も知恵なんか披露してないし、風変わりなこともしてないし、あの男の子を威圧するようなこともしていない」

大地は女の子をなだめます。

「その男の子は賢かったんだろう。君の見かけに惑わされず本質を見抜いた」

「私の本質は森の賢い変人じゃない」

女の子は言います。「私は人間よ。変人でも賢人でも人は私を遠巻きにする。私を救いと知恵を与える存在としてしか扱わない」

「そうかい」

「魂のクスリになる物語を書いたこともあった。だけど誰も読まなかった。聞くだけで幸せになる歌を作ったこともあった。けれど追い出された。食べるだけで優しくなれるお菓子を作ったこともあった。そうしたら小麦粉や砂糖を売ってもらえなくなった」

「君は書き手や吟遊詩人やお菓子屋になりたいのかい?」

「違う。でも私は他人の悩みにアドバイスしたり森の薬を作るのだけが自分の役割とは感じない」

女の子は湧き水に手を差し入れました。湧き水は自分の内に保存されている記憶から女の子の過去を映し出します。

いろんな人が女の子の元に訪れます。アドバイスや薬に喜ぶ姿、期待を裏切られたとののしる姿。街でお菓子を売って皆に囲まれる女の子の光景。小鳥や犬に囲まれ歌をうたう様子。歌や物語が街の人に理解されずバカにされる場面。両親と口論する姿。幼い女の子が近所の子どもたちに遠巻きにされるところまで見て、女の子は水面に波を立て過去の記憶を消しました。

「私のところへ来る人は私の知恵や作り出すものに依存する。私のところへ来る人はバカになる。私に教えてもらえばいいと自分の内なる知恵を放置する。私はそんなことに手を貸したくない。内なる知恵を使わない怠惰な人に興味はない」

女の子はまたぐるぐると水をかき回します。「いえ、私は自分が森の賢い人であることに興味がないの」

「君はどんな自分に興味があるの?」

大地は聞きました。女の子はしばし考え込んだあと話し出しました。

「私は他人に理解されることがこれまでなかった。何より私は自分を理解していないことが、今わかった。私は自分を知るときが来たの。森の賢い人と見られるのがイヤなのは、私の問題。賢者という地位に縛られてきたのは私。人にどう見られるかなんて関係ない」

女の子は立ち上がりました。

「私は旅にでなくちゃ。私を知る旅をするの。世界を知る旅するの。私は知らないことがたくさんある」

続く。

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