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AI と英語について

最近、人口知能(AI)の話題がよく聞こえます。それを筆頭するものがChatGPTでしょう。

私は、AIが発展していく事はとても良い事と思う。面白い未来も待っているし、繰り返し作業などのものが簡略化できたり便利になる。

しかし、その反面で機械学習したデータ自体がとても大事。

何を収集したかで、どんな結果が出るか決まる。

簡単な言い方をすれば、正確性が乏しいデータを沢山集めてしまったりすれば、コンピュータを通して出された結果は大して役に立たないものになる。

だから結局は、人が使いこなさなければ碌でもない結果になるという仕組み。これを悪用する人間がいればとても良くない。必ずいるだろうなと思う。
だから、ただ何も考えず入力してその結果を信用している人がいるとすれば大変良くない。

使いこなす人自体が、ネットリテラシーが乏しかったらダメだ。あとは、知識を選択して入力し出力が正しいか判断できないといけないはずだ。

たまに、検索したら簡単にわかる事をChatGPTで調べはしゃいでる人を見つけてしまうとなんとも言えない気分になってしまう。未来の地獄を見ているような感じだ……。

英語が苦手な人達にとっても、現在はとても便利な時代。Google に翻訳機能だってついているし、DeepL翻訳だってある。
有効利用すれば良いと思う。ただ、これも正確かどうか判別するにはそれなりの知識がいるのは前提。

Google翻訳は、適当なものを出す事もまだ多いし、だいぶマシな、DeepL翻訳も頓珍漢な結果を出したり都合よく一部を飛ばして訳する事も多い。
それに、何と表現して良いかちょっと言葉が見つからないんだけど何とも奇妙な訳になっているものもまだまだ多い…。

たまに色々試してるんだけど、正直まだまだだなぁと思っている。はっきり言って私にとっては、邪魔でしかない機能だし文句言いたくなるレベル……。
これを英語力が低い人は、素晴らしいと思ってしまう場合もあり技術に惚れ込む弊害と思う。

また、英語は言語だけど話す人とその相手によって、その場の環境によって表現方法が変わる。そこに文化も投影される。
それが理解できてこそ、深みがあるものとなるし、真のコミュニケーションだ。
自分なりの色と相手の色を交換することこそが、素晴らしいことだ。

現在の世界では、まだそれは不可能。

その独自の色自体をコンピュータで埋めれる未来は来るのだろうか?

コンピュータやAIの技術開発も人が結局介入する以上は、それ以上にはならないはずなんだ

科学や技術はとても未来にとって夢があり素晴らしい事だが、決してそれにかぶれ使われ見失ってはいけない。
判断を謝る人が多ければ多いほど、それがデータ化されアルゴリズムに反映される。より良い未来は作っていけない。

理想を作り信じ、仮定をたて検証し間違っていたら方向転換をする。その繰り返しでより良くしていくのが科学だ。

正解を設定して、それに合わせたデータを集めそれらしくするのは科学でない。科学かぶれだ

これは、実際に新しいものを現場で創り上げようとした経験がない人であれば本当に誤まりやすい部分。

出された情報が正しいのか、科学的思考を持ち判断するのはこの経験がない人はある人に比べとても失敗しやすい。

人には感情がある以上、この思考を現場で訓練された経験なければ簡単に騙されてしまう。

残念ながら一般的にそのような人物の方が多い。

権威があっても、論がメチャクチャな論文や科学的書物なんていくらでもある。なのに、すぐに信じやすい人が多い。恐ろしいと思っている。

そういうものがデータ集約化されたらと思うと頭が痛いんだ。

現に、学会などでは間違い探しを互いにやり合ってる人らもいるくらいだ。

科学には0%も100%もない。

それを考えたら、英語であれなんであれ100%機械に頼るなんて偏った考えとしか思えない。

英語はAIで補える部分もあるが、補えない部分もある。なるべく便利になると楽になるよね。それだけの話だ。

学ばなくても大丈夫なんて、バカな事を言っている人は科学を知らない。

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