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小説「ニライカナイ」ー5(最終回)

 容疑者・大城雅貴の供述は、次のようなものだった。

 被害者・金城辰巳は雅貴の恋人・新垣美穂に思いを寄せていた。しかしその恋は叶わず、美穂は雅貴と恋人同士になり、更に将来まで誓い合うまでの仲になった。辰巳は恐らくそれに嫉妬し、東京で働いていた彼女の後を尾行して強姦したのだろう。彼女は、辰巳の子を身籠ってしまったことに絶望し、多摩川の橋から身を投げ、自殺した。

 そして、辰巳はあの日、遺跡のポイントへ向かう途中の船で雅貴にこう言ったのだ。


 お前の女、最高に良かったぜ、と――。


 その瞬間、雅貴の心に殺意が芽生えた。辰巳が、残圧など碌に気にしない性格であることはわかりきっていた。雅貴はそれを利用し、大海のセッティングしたタンクのバルブを僅かに開け、空気を漏らした。そうして、あの事故は起きたのだった。

 金城辰成を殺したのは、辰巳をこの世に産み落とした存在を生かしてはおけないと考えたからだ。彼の母親は既に他界していたので、狙いは父親一人に絞られた。雅貴の計画に協力したのは、美穂の母親である喜友名朝美――夫とは既に離婚していた――、兄である新垣武、そして武の先輩であった高橋慎吾。彼らもかつて琉球国際大学のダイビングサークルに所属していたのだ。そして、慎吾は武から借金をしていたため、彼の申し出を拒むことができなかった。

 計画の内容は以下の通りだ。まず、息子が死亡したことによって頭に血が上った辰成を例のホテルに泊めさせるため、部下である武が部屋を予約。そして、清掃スタッフである朝美が辰成と武が泊まる部屋を清掃している間、ベッドの裏側に武のダイビングナイフを用意した。凶器をそれにしたのは、入手ルートを掴めなくさせるためだった。

 あとは、御神崎で大海が言った通りだった。雅貴は殺人の容疑で逮捕され、朝美・武・慎吾の三人は殺人の幇助(ほうじょ)の罪で逮捕された。こうして、全ての事件は幕を下ろしたのだった。

 それから、一週間ほど経った頃だった。従姉妹島近海で、大きな地震が発生したのは。

『次のニュースです。小笠原諸島従姉妹島近海でマグニチュード7・4の地震が昨日の午後十二時三十五分頃に発生しました。海上自衛隊の飛行機が派遣され、従姉妹島の住民は全員父島へ避難しましたが、津波の被害は想定よりも大きく、島そのものが飲み込まれてしまった模様です。また、話題になっていた海底遺跡ですが、どうやら地殻変動によって海底に埋もれてしまったらしく、跡形もなく消え去ってしまったそうです。入江教授を始め、多くの研究者たちが海底遺跡の消失を嘆いていました。そして、改めて経済産業省エネルギー庁による調査が行われましたが、そこからメタンハイドレートが発掘される可能性は低いとの結論を記者会見で発表しました。以上、お昼のニュースでした』


「皮肉なものね。結局、ニライカナイの謎もわからずじまいでメタンハイドレートも発掘できなかったなんて」

「いいじゃん、別に。特に、ニライカナイを荒らされたら何が起こるかわかったもんじゃないし」

 よく晴れた空の下。大海と波音の二人は、台風の去った石垣島の南東にある集落・白(しら)保(ほ)の海岸に来ていた。白保には御嶽(うたき)がたくさんあるので、波音も話せるのである。また、そこは雅貴の故郷でもあった。

「で? どうして私を呼んだのよ、わざわざこんな場所まで」

「まぁまぁ、そう怒らないでよ。ユタである波音が祈ってくれたらさ、沈んでしまったニライカナイまでちゃんと届くかもしれないでしょ?」

「……まぁ、やるだけやってみるわ」

 貸して、と言って手を差し出す。大海は、職人に依頼して一つに繋ぎ合わせてもらった雅貴と美穂の指輪を、波音に渡した。

 波音は両手で指輪を包み込み、それを額に当て、瞼を閉じ、南東の水平線に向かって祈祷を捧げた。そしてそれが終わると、大きく振りかぶって、指輪を海に向かって放り投げた。

「……これで、二人はニライカナイで幸せになれるかな?」

「さぁね。でも……きっと、美穂さんには想いが通じたはずよ」

 だって、返事が聞こえたもの。ありがとう、ってね。

 そう言って、波音は海岸を後にした。大海も、急いで彼女を追いかける。

 いつの世までも、末永く。きっと、美穂さんは雅貴さんを見守ってくれるだろうと信じて。

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