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【小説】人の振り見て我が振り直せ  第8話「外見が良くても、その低次元な行動と態度では、全てが台無しですよ?」

 茉莉花という女性は、一般的にはそこそこ〝可愛い部類〟に入る外見で、都市部のキャバクラでは通用しないが、田舎のキャバ嬢でこういう子いるよね、くらいの外見である。(〇〇坂の選抜メンバーには入れない程度、と表現したほうがわかるでしょうか…。)
 しかし、雰囲気は完全に〝夜のニオイ〟のする女性だった。(制服から臭うのは香水の匂いではなく〝お洗濯のか○り〟と〝何かの異臭〟ですけどね。(第3話))

 バブル期(地価や株価が泡のように上昇し、景気が良かった時代、誰もが未来は明るいと信じて疑わなかった好景気の時代)を経験した、50代のスナック好き(カウンターがある飲食店で、夜の着飾ったママやお姉さんたちがお酒を注いで会話してくれる酒場)のおじさんたちにしてみれば、〝夜のニオイ〟のする茉莉花は、ある意味、そういう存在としての扱いを無意識にしてしまうのではないかと思う。
 
 茉莉花本人も、明らかに〝自分は可愛い〟と思っている様子だった。

 なぜなら、役場の非常勤職員の前野幸枝(第2話)が、怒り口調で由希子に言ってきたことがあったからである。

 茉莉花が採用になってすぐに、女子更衣室の茉莉花のロッカーの横に設置された全身鏡(所長が茉莉花のために会社の経費で購入したもの)を見て、幸枝が茉莉花に話しかけたそうだ。
 
 幸枝「この大きな鏡、買ってもらったの?」

 茉莉花「そうなんですぅ〜。所長が買ってくれたんですよぉ〜。」

 幸枝「そうなんだ。優しい所長だね。」

 茉莉花「そうなんですよぉ〜、私、可愛がられてるんでぇ〜!」

 幸枝「……。可愛がられてるなら、電子レンジでも買ってもらったらいいんじゃないの?」

 茉莉花「そうですよねぇ~!私が言えば買ってくれると思いますぅ〜!」

 幸枝はその会話を再現したあと、さらに声を荒げて続けた。

 幸枝「普通、自分で〝可愛がられてるんですぅ〜〟とか、言うもの?またその顔があまりにも〝当たり前だ〟と言わんばかりの自信ありげな感じで、無性にムカついてきたのよ。だから〝電子レンジでも買ってもらえば?〟って嫌味で言ってるのに、全然気づかないんだわ、あの子。〝私が言えばなんでも買ってもらえるの当たり前〟〝だって、私は可愛いから!〟って感じだった。あの得意げな顔、藤(由希子)さんに見せたかったわ!」

 由希子は、その時の幸枝との会話で、茉莉花は自分の容姿に相当自信がある人間だと、普段の行動や態度でうすうすは感じていたのだが、確信に変わった。

 そして由希子は思っていた。

 (自ら〝自分は可愛いから優遇されるのは当たり前〟という態度を、なんの躊躇もなく他人に出来るのはどうしてなのか。〝所長の甘やかし〟(第5話)が原因なのか、これが今どきの承認欲求が強すぎる20代なのか。

 〝外見の可愛さ〟という点に注目したとしても、上には上が山ほどいることは、その若さでも、容易に想像できるのではないか。
 そもそも茉莉花は、おそらく誰の目から見ても、女優さんのようなとびきりの美人でも無い、田舎のキャバ嬢がせいぜいな程度の外見なのに、〝自分は可愛い〟と自慢気に他人に言える、その神経が恐ろしい。客観的に自分を見る能力が欠落しているのだろうか。

 茉莉花はなんの疑いもなく〝自分は可愛い〟と本気で思っているのだろう。

 しかし大部分の人は、たとえ自分で思っていたとしても、堂々と口にだしたりしない。20年以上女性として生きてきたのなら、もし女性ばかりの職場なら、〝外見の自慢〟は完全にイジメられる案件だと想像がつくはずだ。周囲と良好な人間関係を築ける人は、そこをうまくやる方法を学生生活ですでに学んでいるため、言動には十分注意する。 

 だからこそ、その言動を疑問に感じるのだ。

 茉莉花は小さい頃から、外見だけではなく、何をやっても、常に褒められて生きてきたのだろうか。なぜこんなに自分に対して〝根拠のない自信〟があるのだろうか。

 これがまさにゆとり教育の弊害の一つなのか。
 それとも毒親だったのか。

 褒めてのびる子供もいるだろう。しかし、褒めて褒めて、〝自分が一番だと常に認識してしまう〟浅い思考の質は、その子の成長をとめてしまうのではないだろうか。上には上がいる、そういう現実を教え、自分を常に高めようとする思考を育てることが、人としての成長を促す、大事な教育なのではないだろうか。思考の質が低いまま成長してしまうことに、危機感はないのだろうか。

 社会に出れば、おかしな言動をしたとしても、他人は何も言ってはくれない。自分にとって大事な人でなければ、どうでもいいからだ。そして、陰で噂をするだけである。〝あの子は終わってる〟と。)

 さらに、思考の質の低さを感じさせる行動を茉莉花は平気でする。

 茉莉花は終了ミーティングの際、必ず報告しなければならない担務をしているので、〝出勤している日〟(第4話)は必ず報告のための発言をしなければならない。1日の担当業務の進行状態によっては、夜勤の社員にも影響があるので、引継ぎも兼ねての報告である。
 終了ミーティングの進行は、正社員もしくは正社員がいない時は所長が行うことになっており、報告の必要がある社員を順番に指名、担当社員が報告していく。

 茉莉花の担務は、正社員が最後に全体をまとめる直前の報告になるのだが、茉莉花は自分の報告が終わった直後、正社員が1日の報告をまとめて発言しているにも関わらず、おもむろに自分のデスクから爪切りとヤスリを取り出すのだ。

 ミーティング中、出席している社員全員が無言で正社員の発言を聞いているそばから、〝爪切りの音と爪ヤスリを使う音〟が聞こえてくるのだ。

 誰もが、明らかに正社員の話ではなく、茉莉花の爪切りに目線がいっているのがわかる。

 それ自体、毎度のことで目障りなのに、あげくブラシまで取り出し、髪の毛をといたりもする。そして、抜けた自分の髪の毛をつまんで、床にすてるのだ。

 茉莉花の斜め前のデスクで、その一部始終が目に入る由希子はいつも思っている。

 (ミーティング中に平気で爪切りしている茉莉花を見て、所長は何も思わないのだろうか。
 明らかに正社員の話は聞いていない。自分の報告が終わったらもう関係ないということだろう。なぜ注意しないのか不思議に思う。やはり〝デキてる〟(第5話)からなのか?

 ミーティングだって、大事な仕事のうちでしょう?

 20代の若い女の子が、外見を気にするのは、決して悪いことではない。むしろ、その頃が一番キレイな時期なのだから、美容に力をいれるのは良いことだと思う。ネイルもそのひとつだろう。

 しかし、職場で一番大事なことは〝仕事に取り組む姿勢〟ではないのか。

 20代前半と言えどももう学生ではない。社会の一員として、お給料をいただくためには、労働力を提供しなければならない、その義務がある。

 ミーティングひとつ疎かにする、人の話をまともに聞けない人間が、日々の仕事を本当にキチンと出来てると言えるのだろうか。ただでさえ込み入った仕事のある日に限って急に休むモンスター社員(第4話)だというのに。

 自分にとって大事な人なら注意するが、茉莉花には注意する気はない。なぜなら、茉莉花みたいな人間は、根拠のない自信があるために、注意すれば、〝思考の質の低さ〟から、攻撃してくるのが容易に想像出来るからである。

 所長が注意しないのであれば、逆に、いつまで自分で気づかないのかも、ためしたい気持ちもある。一生気づかないとは思うが…。)

 由希子は終了ミーティングが終わった後、茉莉花のデスクの横の床に落ちた長い髪の毛を見て、掃除したい気持ちになりながら、〝いくら外見が良くても、行動や態度が低次元だと台無しだな〟と思いながら、タイムカードを打刻した。

 人は最初は外見の良さで許せても、時間が経てば粗がみえてきて、最初の〝プラス〟印象が仇となり、逆に〝マイナス〟振り幅が大きくなってしまうのではないだろうか。

 よく〝美人は3日で飽きる〟と言うが、美人でも中身も美しい女性も沢山いるし、中身のない女性もいる。だから、この言い方が全てではないと思うが、明らかに茉莉花は後者の方だろう。正直、美人とはいえないし、3日でも長いくらいだと思うが…。

 由希子にとって、茉莉花は〝思考の質が低いを通り越して悪い人間〟をわかりやすく体現してもらえる存在なのだと、あらためて認識した出来事だった。

 こういう人間と関わると、ろくなことがないので、ひたすら距離を取ろうと思っている由希子だった。茉莉花の方は違うのだが…。

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