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久世光彦氏の文章/初エッセイにして老練な文体

「昭和幻灯館」と言う1冊のエッセイがある。TVドラマの製作者・演出家で有名な故・久世光彦(くぜてるひこ)氏の処女作だ。私は20代の頃この本に出会った。確かその時まだ古い建物で西公園にあった頃の市民図書館だったと思う。開架書庫の良さであまたある本の背表紙を見ながら「今回はどの本を借りよう?」とゆっくりと書庫を巡っていた時に目に入った本だった。

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↑ハードカバーの丁寧な作りの本。硫酸紙がかけられ細部まで美しく吟味された装丁。

手にとって読んでみると、その文体と世界観に心を鷲掴みにされる思いだった。これが初エッセイ?それが信じれられないくらいの文の巧みさ、流れるような美しさ。取り上げられている内容も乱歩や同潤会アパート、古い時代の映画や作家への想いなどで溢れている。読んでいて文章に酔ってしまいそうな濃密な耽美世界。妖しくエロチックでそしてどことなく暗い犯罪のニオイも漂わせた文章。これ絶対にちゃんと買って自分の蔵書にしないと❗️と思った。本屋に行ってすぐに発注したのは言うまでもない。この文章、初出はBRUTUSという雑誌だったようだ。

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久世光彦氏は向田邦子と組んで数々の大ヒットTVドラマを作り、一世を風靡した。ホームドラマ全盛の時代に「時間ですよ」とか「寺内勘太郎一家」とか、他のホームドラマとは一味も二味も違う面白くて笑えて、でもどこかチクリとした風刺も効いたドラマをたくさん作っていた。

有名なのは「寺内勘太郎一家」の金ばぁちゃん役の樹木希林が部屋に大きな沢田研二のポスターを貼っていて、そのポスターの前で「ジュゥリィィィ〜💖」と身悶えする伝説的なあのシーン(笑)。あの時おばぁちゃん役を演じていたけど樹木希林はまだ30代だったらしい。

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そして確かまだその頃は「悠木千帆」って芸名だったのではないかな?彼女は芸名をオークションにかけて売っちゃったんだよね。全部ではなかったけれど、久世氏が製作したドラマは私もだいぶ面白く見た覚えがある。

著作に話を戻すが、耽美的な世界観に魅了され、その後の久世氏の本はかなり購入したと思う。引っ越しや断捨離で手放してしまったものもあるけど。装丁もとても美しく凝ったもので、愛蔵するに相応しい本ばかりだった。

だいぶ前だったが、氏が仙台文学館の招きで来仙したことがある。市政だよりでそれを知り、文学館の公演会場に向かった。まだ学齢前の長女をダンナに見ていてもらっての参加だった。その時にちょうど発売されたばかりの新刊本の宣伝も兼ねての講演会とサイン会であった。

好きな人やモノに関してはミーハーなまでに熱中する私。その時は講演会後の新刊本のサイン会の列に2度並び、1冊目は新刊本を購入して見返しにサインしていただき、その後にもう一度列に並び直して持参した処女作「昭和幻燈館」の見返しに、こっちは長女の名前を入れてサインしてもらった。多分その場で列に2度並んだのは私だけだったと思う。講演会の内容はほとんど忘れてしまったが、このサイン会の時に久世氏と交わした内容をしっかり覚えている。

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サインしている時間だからほんの1分ほどだったろうけど長女の名前を言い「この本を買った時からファンなんです♪こちらには長女の名前を書いてもらえますか〜?」と名字は旧漢字の櫻井、長女の名前は4月生まれだったこともあり桜にちなんだ名前であることを話してサインをお願いした。氏は「へ〜、娘さん**ちゃんって言うんだ。もうたくさんサインしてさぁ、疲れちゃったよぉ。櫻井**さん?画数多くて面倒だなぁ(笑)」と冗談めかして言っていた。私は本当は握手して欲しかったんだけど、その時は誰もそんなことを言ってなくて、結局握手はせずじまいだった(その時は案外恥ずかしがり屋だった私)

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↑「怖い絵」も深く美術を愛し鋭い洞察力と表現力を持つ氏だからこそ書ける文章だ、と感心させられる。右はその時発売された本に自分の名前をサインしてもらったもの。

それから2年ほど経った後、久世氏は急逝された。自宅で倒れていたところを発見されたとのことだった。影響力の大きい大ヒットしたTVドラマを多数製作された方だったこともあり、TVでも大きく取り上げられていた。その時の葬儀の様子はワイドショーで流れていたが、インタビューを受けた樹木希林の言葉を今も鮮明に覚えている。「久世さん『俺、うまく死んだだろう?』って言ってるんじゃないかと思う」って話してた。数多くのドラマに出演していた樹木希林ならではの親しみと尊敬と哀悼の気持ちがこもった言葉だった。

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そして同じく氏の制作する向田ドラマに多く出演していた田中裕子も通夜だったか葬儀の時だったか、くすんだ紫色の色無地の長着に黒の長羽織を着た姿で参列していた。その時の息を呑むような優美さ美しさが今も鮮明に脳裏に焼き付いている。


TV史上に残る名作ドラマを数多く残した久世氏の処女著作。私の唯一無二の宝物として今も書棚に収まっている。




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