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「グリーンブック」

舞台は1962年のアメリカ。公民権法制定の二年前です。主に「黒人の一般公共施設の利用を禁止、制限した法律」であるジム・クロウ法が存在していました。トイレ、エレベーター、プール、レストラン、学校、バス、鉄道、船舶、食堂、病院、孤児院、劇場、ホテル、切符売り場、待合室、電話ボックスなどあらゆる施設で白人と黒人の分離が行われたのです。

「分離すれども平等」(separate but equal)というやつです。この法律は80年近く続いていました。

「グリーンブック」というのはニューヨークの郵便配達員だったビクター・グリーンが、全米の黒人も利用できるホテルやレストランなどをまとめ、毎年発行していたガイドブックです。

ブロンクスで生まれたイタリア系のトニーは粗野で無学でのべつ幕なしに煙草を吸い、ジャンクフードが大好物です。口がうまく、リップとあだ名されるほどですが、義侠心があり、家族思いの男です。ブロンクスの寅さんというところでしょうか。

ドクター・シャリーンはクラッシックの名ピアニスト、博士号を持つ謹厳実直なインテリ黒人で、カーネギーホールに住む成功者でもあります。ドクターがトニーを運転手兼雑用に雇い、南部への演奏旅行に出かけます。

トニーがラジオでリトル・リチャードの曲を聞いていると、ドクターがそれはなんだと聞いてきます。

ストラヴィンスキーに「彼の技巧は神の領域だ」と言わしめたほどのピアニストですが、
ウクライナの学校で音楽を学んだドクターは、チャビー・チェッカーやアレサ・フランクリンなどの黒人音楽を聴いたことがないのです。

ドクターは様々な州で差別を受けます。かつてトニーは家に来た黒人の修理工が使ったコップをゴミ箱に捨てるほど偏見を持っていましたが、実際に南部での差別を目の当たりにして驚きます。

夜間、車を走らせているとパトカーに停止させられます。警官は「黒人は夜間は外出禁止だ」と言い、トニーに「お前は黒人の召使いか。イタ公は半分黒人だからな」。

ぶち切れたトニーは警官を殴り、留置所にぶち込まれます。そんな時でもドクターは「怒りをコントロールしろ。暴力を振るって何になる。常にディグニティを持て」と諭します。

二人は時には怒りをぶつけて口論しながらも徐々に友情が芽生えてくるのです。

12月23日、最後のコンサートとなるアラバマ州バーミンガムの会場に着きます。そこでドクターがレストランに入ろうとすると支配人に拒絶されます。レストランでは今夜のコンサートを観に行く白人たちが食事をしているのですが、
当事者のドクターは中に入ることができないのです。ドクターは言います。

「ここで食事ができないのならコンサートはしない」

しかし、とトニーに言うのです。

「君がどうしてもと言うのならコンサートをするが」

泣けるじゃありませんか。

自分のディグニティより友情を優先させようとしたのです。

1955年にアラバマ州モンゴメリーで起きたバスボイコット事件があります。42歳の黒人女性、ローザ・パークスは仕事帰りに市営バスに乗り、黒人専用席の最前列に座りました。途中から大勢の白人が乗り込んできたので運転手は黒人と白人の境界を一例下げ、ローザに立つように命じましたが、拒否したので彼女は逮捕されたのです。この事件でキング牧師がバスのボイコットを指導し、公民権法制定のきっかけとなりました。

トニーは

「こちらから願い下げだ」

初めはお金のために引き受けた仕事です。ニューヨークを出発する前に前金を受け取っていましたが、一か所でもコンサートを行わなかったら残りのお金は支払わないと契約書に取り決められていたのに、です。

二人は黒人専用のバーへ行きます。あるきっかけで即席でブギーのセッションをするのですが、黒人客から拍手と歓声で迎えられます。それは今夜演奏する予定だった白人相手のクラッシックコンサートよりもドクターにとっては楽しいものだったのではないでしょうか。

ニューヨークで待つ家族のクリスマスパーティーに間に合うようにトニーは不眠不休で運転します。ニューヨークやニュージャージーは大雪になりました。パトカーが近づき、停止させます。

「またか、cop野郎め」と悪態をつくトニーですが、警官はタイヤがパンクしている、と雪が降りしきる中、トニーがタイヤを交換するまで他の車を誘導してくれました。南部と北部の違いを表す場面です。トニーも最後には「サンキュー、officer」と言葉使いも変わります。


疲れで眠りこけるトニーに代わってドクターが運転してやっと家に着きます。
家族に紹介する、と言うトニーの言葉に遠慮してドクターはカーネギーホールの自宅に戻ります。そこは豪華な自室ですが、クリスマスなのに一人です。

一方、家族や親戚と再会を喜び、クリスマスパーティーを楽しむトニー。「旅の話を聞かせろよ、あのニガーはどうした」と聞く親戚に

「そんな言葉は言うな」とトニー。みんなはその変わりように顔を見合わせます。

玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けるとそこにはシャンパンを持つドクターが。

ドクターは初対面のトニーの妻、ドロレスに

「ご主人を無事に送り届けました」

と言います。実はトニーを運転手として採用する時に

「何週間も家を留守にすることになりますが、大丈夫ですか」

と電話していたのです。

思わずドロレスはドクターをハグして耳元であることを囁きます。


それを聞いたドクターの笑顔。

このラストシーンを思い浮かべるたびに幸せな気持ちになります。

この映画は実話を元にしているのですが、事実と違うとか白人が黒人の救世者のように描かれているのが気に入らないとか、例えばスパイク・リーの批判など個人的にはどうでもいいです。

映画を観るあなたは涙を流し、時には笑いながらあの時代のアメリカの差別を知ることになるでしょう。
そしていつまでも記憶に残る映画になると思います。私がそうだったように。

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