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名人芸

恥ずかしながら向田邦子を初めて読んだ。

一編のエッセイの中に様々なテーマに飛び、あれ?と表題を読み返し、また本題を読んでいるうちにストンと全てが繋がって表題に収斂していく様は名人芸としかいいようがない。

経験豊かな大工がカンナをかけているような、熟練の左官がコテで壁を塗っているような、料理人が手際よく一品を作っているような名人芸だ。

現代人にはもはやわからない言葉がある。

「ぼろとじくり」

「冥利が悪い」

「中っ腹」(ちゅうっぱら、と読む。江戸名物に「火事に喧嘩に中っ腹、伊勢屋、稲荷に犬の糞」なんてえことを言いますな)

「七色とんがらし」(これは七味唐辛子のこと)


そういう意味でも貴重なエッセイだ。

「天の網」というエッセイがある。「天網恢々疎にして漏らさず」からだ。

二十三、四の向田さんが新宿で乗ったバスが京王電車にぶつかる。いきなり真暗になり、天井がはずれてびっくりするほど沢山の埃が落ちてきた。
サンフランシスコ講和条約締結前後の頃だ。
まだ119番もなく米軍のトラックが来て、怪我人を一人づつトラックに引っ張り上げた。
彼女には幸いケガがなく、引っ張り上げられそうになり、必死に弁明して駅の方に駆け出した。
新聞に名前が出たらどうしよう、と本気で心配した。

後々の航空機事故のことを考えると様々なことが浮かんでは消える。

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