見出し画像

小説『待ってる』24

 二人が観覧車を降りる頃にはポツポツと雨が降り出していた。
「雨、降ってきちゃったね。カッパを出すからあそこに行こう」
と孝恵が売店を指差すと、陸は
「ぼく、もうかえらなきゃ」
と孝恵の顔を見た。
「うん。帰るから、カッパ着ようね」
 そう言って孝恵が手を取ろうとすると、陸はその手をするりとほどき
「ぼく、かえらなきゃ」
と孝恵の目をじっと見て
「ぼく、まってる!ばあばがくるのまってる!ずっとまってる!」
と言って、走り出してしまった。
「陸!」
 孝恵がそう叫んだ瞬間、雨が急に激しくなり陸の姿がぼやけた。
「陸!陸!」
 そう言って陸を追いかけようと走り出した孝恵だったが、濡れた地面に足を掬われてバランスを崩し、目を離した瞬間に陸は視界から消えてしまった。
「陸!陸!」
 辺りを見回しながら土砂降りの中を孝恵は走り回ったが、陸の姿はどこにもなかった。
「陸!陸!陸……」

そして陸を預かってから初めて、孝恵は達也に電話をかけようとスマホを取り出した。
震えながら達也の名前をタッチする手を、雨が容赦なく叩きつけていた。

前へ
続き


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?