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小説『待ってる』26

 十年前、威勢よく孝恵のところから飛び出したものの、高校生の達也にご飯を食べさせて面倒をみてくれる者はそう簡単にみつからなかった。放課後につるんで遊ぶ仲間はいたが、その家に転がりこんで飯を食わせてくれとは流石に言えなかった。
 結局頼ったのは父親の良太のところで、達也を毛嫌いしていた由美子も子ども嫌いだっただけで、成長した達也のことはすんなりと受け入れてくれた。
 ベンチャー企業を立ち上げて成功していた由美子は達也に
「あなたね、高校くらいは卒業しておきなさい。そしたら仕事も紹介してあげるから」
と、残り少なかった高校生活を送らせてくれ、関連の会社への就職も世話してくれた。
 そこで知り合った奈緒と結婚し、陸が産まれた。
 母親である孝恵のことは気にかかっていたが、父親を頼った手前連絡もできずにいた。

 陸が五歳になった誕生日に親子三人で遊園地に行ったときに、事故は起きた。遊園地の駐車場で陸を助手席に座らせシートベルトを締めようとした瞬間に、暴走してきた車がぶつかってきたのだ。
 達也は陸を庇おうと手を伸ばしたが、体勢が整わずに捕まえ損ね、自分も背中を地面に強く打ち付けて倒れた。あまりの激痛に自分は助からないかもしれないと、ポケットに入っていたレシートに「陸を頼む」と誰に宛てるわけでもなく書き殴り、気を失った。
 遅れて車にやってきた奈緒は目の前でその事故を目撃してしまい、そしてその後愛する息子を失ったショックで鬱状態になってしまった。達也は自分だけが助かったことに罪悪感を覚えながらも、妻の喪失感を思うと自分がしっかり守らなければ今度はこの人まで失ってしまうかもしれないと、献身的に尽くしてきた。
 そうしてやっとそこから立ち直りかけていたとき、孝江からの電話がかかってきたのだった。

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