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海外移住のウラ側

先日、あるYoutuberがこんな動画をあげていた。

「てんちむCH」の、これだ。

「もう無理、本当に限界」

この動画のなかの、てんちむの気持ちがわかりすぎる。


「もうワカラン…」

「もうワケわかんない本当に…」

「わたし基本ポジティブなんだけどさ…」

「マジでやだ」

「言葉の壁がデカすぎる」

「日本だったら強気でピーピー言えたのに…」

「もう…もう…もぉッ!」

「ねぇ、マジで泣きそう…」

「もぉぉぉぉ…ほんとにムカつく」

悔しさで涙がこぼれる


こんなことが、別に大事件ではなくて、

当たり前に、日常のなかにある。

聞き取れなくて、不安になる。
日本と違うシステムに戸惑う。
適当さに、苛立つ。
下に見られていることに、悲しくなる。
強気に出られなくて、悔しい思いをする。
言葉が通じなくて苛立っている様子に、怯える。

いまは旦那がいてくれるから、

留学していたときや、

ワーホリをしていたときに比べると、

幾分減ったけれど、

でもいまでも、そんなことが、

もう当たり前に当たり前に、

日常にある。



弟には、

「海外に住みたくて日本語教師になって、旦那さん見つけて夢叶えたんじゃないの?」

と言われたけど、そんなことは全然ない。

「海外に住みたい」と特別思ったことはない。

気がついたら、海外にいた。

気がついたら、海外にいることが、

自分の状況を考えたときに「最善の選択」になっていただけだ。

「わたしは自分からは、国際結婚は選ばないな〜日本人のほうがいいな」という友人には、

「うん、そうだよね、そうだと思うよ!!」と首を大きく縦に振りながらそう返したい。

「海外移住をする」というそれだけで、

「日本に住む」という選択をすれば、あるがはずがなかった大変なことの数々が、

デフォルトでついてくるのだ。


「海外に住みたい!!」
「国際結婚がしたい!!」
「英語が大好き!!」

そんな人もいると思うけど、

わたしはどちらかというと、その真逆だ。


−−−

この動画を見て、

「その気持ち、わかるよ〜。」

と思ったのと同時に、

「こんな日常のなかにいながら、それでもちゃんと幸せに楽しく生きている自分、偉い!!!」
と褒めたくなったよ。笑


ここに来ることを選んだのは自分の選択だし、

後悔もしてないし、

英語を上達させる努力をしてないのも自分だから、

別に、愚痴は一切ないんだけどね。


だけど、

こんな日常を、

マイノリティとして生きる、こんな当たり前のなかを、

普通に、楽しく幸せに、

ときにかわしながら、強く生きられていて、

「偉い、偉いよ〜」と、

思ったよ。笑


別に諦めているわけでもないけれど、

「いまはこれでいい、少しずつでいいんだよ」と、ちゃんと受け入れられている自分もいる。


もちろん、こんな日常は、

いつか絶対に変えていく、とも思っている。

てんちむの動画の中の「わたし」は、

いつかの過去の自分に変えていく、そのつもり。

でも、

全然焦ってはいないし、

いまを悲観してもいない(^^)


「こんなもんだよ」と受け入れながら、

未来の自分が、「何とかしていくんだ。」と、

いつか死ぬまでに、変わっていればいいなと、

自分にストレスを与えすぎてもしかたがないから、

これに関しては、いまのところのんびりと考えている(^^)




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