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メンチカツの失敗

私は森の中にいる。そして、家族のためにメンチカツを揚げている。

メンチカツは8個、揚げなければいけない。

衣の処理はできている冷凍のメンチカツだ。

私には、メンチカツの衣を上手につけるだけの自信がないし、今日は夕飯までの時間もなかった。

ヒーターを付け、揚げ油の温度も上がったところで、冷凍のメンチカツを1つずつ鍋に落としていった。鍋には3つ入った。

プチプチと音を立てて首尾よく揚がっていく。

「きつね色」に変わったと思った頃合いに、メンチカツを油を切るトレイに並べていく。

それにしても、「きつね色」なんて、いつから誰がつけた言葉なんだろうか。きつねと、揚がった衣は、似ても似つかぬような気がするのだけれど。

次のメンチカツが揚がるまで、先に食べてもらうため皿に並べてテーブルに出していく。最後のメンチカツは私が食べる分だ。

そして、私も席に着き、メンチカツを口の中に入れた。

思っていた感触が、一つもない。

衣はふにゃふにゃで、中はじゅくじゅく、なんだか粉っぽい舌触りまでする。「揚がっていない」のである。

夫に恐る恐る、「揚がっていなかった?」と聞いた。

夫から「揚がったと思ったんでしょ?」と聞き返された。

そして、急に不安になってきた。家族のお腹の中には半揚げのメンチカツが入ってしまった。あとで、大変なことになったりしないだろうか。

「ちゃんと説明書、読んだの?」

夫からのさらなる質問に、何も答えられない。

ーー あぁ、またやってしまった。

私は、美味しくて出来立てのメンチカツが食卓に並ぶ姿を、具体的にイメージするだけの経験が足りない。

母親は毎日仕事で帰りが遅く、ずっと、完成されたスーパーのメンチカツを食べてきたからだ。

なんて、壮大な言い訳に聞こえるのだけど、台所で揚げ油の音を聞いたことがほとんどなかったのだ。

その自覚は、毎日何か料理を作る度に胸の中に小さくあって、だからこそどんなに簡単な料理も、説明書やレシピを忠実に読むことにしている。

だけど、時に疲れていたり、「もう、私にも説明書やレシピはいらないのではないか」とちょっとした傲慢さから、「適当に」を挑戦してみるのだ。

それが、今日のメンチカツだった。

電子レンジで半揚げだったメンチカツに火を通し直しながら、家族に申し訳ない気持ちと、メンチカツへの畏怖が込み上げてきた。

中学生の時、雑誌のスイーツレシピの連載に憧れを抱き、いつか自分にできそうなものを作ってみたいと思っていた。

それが、フレンチトーストだった。

だけど、失敗した。

もったいないから、弟に食べてもらった。

弟が、フレンチトーストをいまだにトラウマで食べられない理由は、言うまでもない。

家族が、メンチカツを食べてトラウマにならないようにするには?

私だって、心の底から、お腹空いた!さあ、今日は何を食べようか?って叫びたいだけなんだけどな。

何かを食べる度に、私の料理に対する自信のなさと自己嫌悪がどこかで首をもたげている。

美味しいものを作らなければいけない、なんて思わなくても良いんだよ、と森の中のりすが口の中をどんぐりでいっぱいにしながら励ましてくれたらいいのに。