月刊耳子

占い師にブログやった方が良いって言われたのでブログを書いています。

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最近の記事

女子校という場所

私は中高女子校出身だが、卒業後も仲良くしている人間は1人もいない。 しかし、卒業後に新規でできる友達も高確率で女子校出身者である。 私はこの先も一生6年間女子校で生きたという十字架を背負って生きていくだろう。 ちなみに6年間男子校だった人間に対してもやや仲間意識がある。偏見だが、AKB全盛期時代にガチのオタ活をしていたタイプの同世代男性は高確率で男子校出身者である。 やや仲間意識があるというのは、女子校や男子校に6年通っていた人間は共学出身の人間を「根本は面白くない奴」だ

    • 爪長の翁

      在廊が苦手です。 単純に私の落ち着きがない。 そして学生の時にギャラリーおじさんの被害に遭ってるので、余計に苦手意識がある。 欲を言えばカメラなんかで会場を監視して人がいる時だけノコノコ出てくるスタイルにしたい。 在廊中に人が来てくれるのは嬉しいのですが、LUSHの店員の如く鑑賞者に話しかける事は憚られるので、作品については一言二言話しかけるだけであとは鑑賞してくれてる人の靴とか見て過ごしてる。 みんなの靴見て過ごすのは意外と楽しい。カバンについてるキーホルダーとか眺め

      • 私が叶姉妹になれない理由。

        私1人だと本当に全然出掛けません。 学生時代はわりと田舎に住んでたし、周りに何もないしずっと在宅で古い映画とかドラマとかアニメとかめちゃくちゃ観てました。 美大生だしということで、学生のくせに結構快適なwifiを入れてたのが悪かったなと思って 卒業して、引っ越してwifiを家に付けませんでした。 作業を家でしすぎないために、定期的に外で作業したり、出かけるきっかけをつくるためにwifiの無い不便な生活を3年くらい続けてました。 職場にも近所のカフェにもwifiがあるからそ

        • 〜ざけんなよ〜

          ドラマの副題のカルチャー。私はダサくて大好きです。 花ざかりの君たちへ〜イケメンパラダイス〜 とか 韓国ドラマに勝手につけてる トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜 とかも勝手に付け足すなよみたいな感じも含めて面白いです。誰が考えてるんだろ。 しかしぶっちぎりの副題ドラマは キッズ・ウォー〜ざけんなよ〜 〜ざけんなよ〜を副題にすると決めた人のセンス脱帽です。 名台詞をわざわざ副題に持ってくると普通は興ざめしてしまうけど (半沢直樹〜倍返しだ〜みたいな。) 〜ざけんな

        女子校という場所

          ちょっとだけアメリカで生活。

          アメリカより他に行きたい国は沢山ある。 もちろん幼少期にディズニーチャンネルで育ったし、ハンナモンタナだしキムポッシブル ハリウッド映画も嫌いじゃないし、私の好きな食べ物のひとつはオニオンリング ぶつくさ言ってる間にアメリカに来ました。 アメリカでめっちゃアメリカを1番感じたエピソードはやっぱりニューヨークでメトロポリタンの階段に座った瞬間でしょうか。 普段完全に眠りこけてるミーハー魂が目覚めました。 頭の中であのナレーションの声で「gossip girl here」って

          ちょっとだけアメリカで生活。

          クラスタとTwitter。

          Twitterが死んで悲しいでしょうか? 私はどちらかと言うとニコニコ動画が死んだら悲しいです。 クレアーズが死んだ時、スイマーが死んだ時も悲しかったな。栄枯盛衰を感じますね。 皆は何歳からTwitterと生きてますか。 私は多分16歳です。 当時は女子校の美術部という環境下で、部員は揃いも揃って全員腐女子でオタクだったため、まんまと入信しました。 その頃オタクの間では、"クラスタ"という言葉が生まれ各々の○○クラスタがありました。 ○○オタク、○○推し、○○担 と大方使

          クラスタとTwitter。

          占い師にブログやった方が良いと言われた話。

          友達がこぞってホロスコープをしてもらってるので先日、私もしてきた。 私は私が運命決めるので占いは大丈夫です。という姿勢だったけれど、時が満ちたと最近思って占ってもらった。 時が満ちたというのも、私はこの2、3年が転換期かなとなんとなく感じてた。 そう伝えたら「そうです!まさに土星がかかってきているからこの2、3年は転換期です。」 と言われた。 意図せずスピリチュアルな感じになってしまった。 「あなたは、完璧主義と適当主義がどっちもあるのでそのギャップを埋めるためにアートを

          占い師にブログやった方が良いと言われた話。

          かろうじてなっち。

          今まで何人に芸能人の○○に似てるね!って言われた事があるだろうか。 顔という存在の理不尽さに気づいたのは幼稚園の頃、通ってたヤマハ英会話教室の同い年の女の子のことを母が「加護ちゃんに似ている。」と言い出したことからはじまる。 当時、女児の間でミニモニはかわいいのメッカだった。私もミニモニとあややの事しか考えてなかったし、かわいいと言えばあややかミニモニである。 その加護ちゃんに友達は似ているだと... 「じゃあ私は?」 もちろん私は母に聞いた。 母はここで適当に「辻ちゃん

          かろうじてなっち。