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2020年ブックレビュー『罪の声』(塩田武士著)

昭和犯罪史の中で最も謎に満ちた未解決事件、グリコ・森永事件(1984~85年)を題材にした塩田武士さんの小説「罪の声」。

グリ森事件の発生日時や犯行の舞台となった場所、犯人グループの脅迫や挑戦状の内容、事件報道など「事件そのものの骨組み」を借りながら、犯人グループの人間関係や動機などを創作して織り込み、社会派の骨太エンターテインメントとして読者を引き付ける。

塩田さんは、脅迫などで使われた実際の録音テープの中に、子どもの声があったことに触発され、フィクションを紡いだという。

物語は、事件の闇を2人の人物の目線から追いかける。

京都でテーラーの店を切り盛りする曽根俊也は、古いノートと子どもの声を録音したテープを自宅で見つける。その声は幼い頃の自分であり、「ギン萬事件」で犯人が脅迫した時に使われた音声と同じであることが判明する。知人の助けを借り、なぜ幼い自分が事件に巻き込まれたのか、その闇に迫ろうとする。

一方、新聞記者の阿久津英士は年末の企画で、未解決の「ギン萬事件」を丹念に調べ始める。薄皮をはぐように事件の真相に近付いていき、あの「キツネ目の男」も特定していく。そして、とうとう声の主である曽根にたどり着くー。

阿久津の調査取材が読ませどころの一つだ。
今や「オールドメディア」と揶揄され、特大スクープは週刊文春に抜かれっぱなしの新聞。靴の底を減らして、足で情報を得ていく阿久津という新聞記者の姿が新鮮にうつる。(だって、黒川検事長の賭け麻雀なんて、相手は新聞記者だもんね!)

阿久津のような新聞記者だって大手紙の各社にはいるだろうに、安倍政権のあれやこれやの疑惑がなぜ明らかにならないのかと、思ってしまう…。

まあ、それは置いておいて。
阿久津が犯人グループの一人との接触に成功したとき、彼が犯行の動機に虚しさを感じるシーンが印象的だ。

大事件の看板に圧倒され、ふさわしいドラマを想像していたが、蓋を開けて見れば随分とちっぽけだった。犯罪者とは所詮、この程度のことか。いや、逆かもしれない。この程度の人間があのような大それた事件を起こせてしまうことに、真の愚かさがあるように思った。

物語では、「テープの声」だった子どもが俊也以外にも登場する。事件に巻き込まれた子どもの人生は悲惨そのものだった。

グリ森事件の実行犯グループは、迷走する警察や大企業を挑戦状でおちょくり、さっさと幕引きしたために、何だか一般市民の共感を得たようなイメージを持つ人がいるかもしれない。

しかし、実際には脅迫に子どもを利用し、子どもが口にする菓子に青酸カリを混入してばらまいた。子どもがからんだ犯罪は、時効になったとしても未来に禍根を残す。そういう意味で、グリ森事件も終わっていないのだ、とつくづく思う。

あ、この小説は小栗旬、星野源のダブル主演で映画化され、今年公開予定だそう。どんなふうに描かれているのか楽しみ。



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