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2020年ブックレビュー『東京原子力核クラブ』(マキノノゾミ著)

私の家は、戦時中に日本の原爆開発に携わった仁科芳雄(1890-1951年)と遠縁かも、と勝手に思っている。仁科芳雄の出身地と曽祖父の実家が同じ岡山県の集落なので、どこかでつながっていると推測しているのだ。

そんな縁もあって、手に取ったのがマキノノゾミさん戯曲「東京原子力核クラブ」。「ステイホーム週間」では、古典文学だけでなく、多くの戯曲に触れることを自分に課していた。新国立劇場のHPで公開されている戯曲も必死で読んだ。この短期間で触れた戯曲の中でも、「東京原子力核クラブ」は楽しくてあっという間に読めてしまう。

マキノさんが作劇の参考にしたのは、ノーベル賞物理学者の朝永振一郎の若いころの日記だ。朝永が青春時代を過ごした下宿屋「旅館御下宿平和館」での思い出を、物語の下敷きにしている。

1932(昭和7)年の東京・本郷の下宿屋「平和館」。理化学研究所に勤める物理学者の友田(朝永のモデル)が主人公。平和館には、ギャンブルが大好きなピアニストや官憲ににらまれている演劇青年、次々と職業を変える謎の女らユニークな下宿人が入り乱れて毎日てんやわんや。

ところが、2幕になると、にぎやかだった「平和館」に戦争の影がひたひたと迫ってくる。日本の原爆開発に巻き込まれていく友田の恩師・西田(仁科芳雄がモデル)ら研究者の苦悩が描かれる。

広島で生まれ育ち、被爆2世でもある私には、戯曲の後半部分に出てくるせりふが、ショックだった。

西田 「……爆弾という形であれ原子炉という形であれ、とにかく核内エネルギーを自らの手で解放させてみたいというのが、世界中全ての原子核物理学者が抱いている野望なんだということは知っておいて下さい」

広島と長崎に原爆が投下された後の友田と「平和館」を営む桐子との会話では、

友田 「僕は一個の物理学者として、桐子さんと同じ立場にはたてません。西田先生ではなく、たとえこの僕が爆弾製造の指揮を執っていたとしても、僕は恐らく広島や長崎の人たちに顔向けできないということはありません」
桐子 「……」
友田 「人間の大脳皮質が発達を続ける限り、自然法則の探求を止めることは不可能だからです。……広島のニュースを聞いた時、僕が一番最初に感じたのは、小森君とまったく同じ興奮です。同時に、これから始まる世界の原子力時代に、我々日本の物理学者が後れを取ったことを悲しく考えてさえいました。その爆弾の下で死んだ何万人もの同胞の命に真っ先には思いが至らなかったことに、あとで気づいて慄然としたくらいです。」

知への渇望と探求、技術革新は「悪魔の誘惑」でもあるのか。現代では、AIやドローンを利用した無人兵器も開発されている。

高度な技術開発と、人間性とは両立できないのかーと考え込んでしまった。






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