白衣の死神

「最近末梢入れるの上達したよね」
先輩ナースに声をかけられる。
末梢とは血管に針を刺して点滴のルートを繋ぐこだ。高齢者の血管は細くて脆いため血管に針を刺すのにはコツがいる。
今日は朝イチで難しい患者の血管に点滴をいれることができた。
「たまたまですよ。でも最近勝率いいです。」
笑顔で答えて次の業務に入る。

私は病院で看護師として働くママナースだ。
白衣の天使って言われる職業だが現実はそうでもない。

高校は職業科出身。高卒で働くものだと思っていた。
だけど高校2年生のときリーマンショックが起きた。
世界的不況。高卒で働ける場所は少なく、
不況でも食いっぱぐれないよう、看護学校に進学した。そこで過酷な実習に耐えて国家試験を受けて看護師になった。
親とは仲が悪かったため、どうしても親に頼らず自立したたかった。1秒でも早く家を出たかったため、就職とともに職員寮に入って一人暮らしを始めた。
総合病院には、救わなければならない命が山ほどあった。
救った命、救えない命と向き合った。
志高く人を助ける同僚や先輩たちはまさに白衣の天使だった。
志の低い私は、天使になるために頑張ってみたけど、なかなか馴染めなった。
お金さえ貰えればよかったし、勉強研修日々の目標等、業務以外の業務に追われることに嫌気が差して退職した。
私はこの仕事が向いてないって思ったので、療養型病院でだめだったら看護師を辞めようと思った。
そして療養型病院に転職するのだが、そこは個性豊かで変わった人たちがたくさんいる職場だった。
高い目標もなくていい、高い志も要らない、それなりに日々の業務をこなせば十分なお金がもらえた。

療養型病院の主な仕事は看取りである。
ここはでは命を救うのではなく、命が終わるその日まで、お世話をする。
私は数え切れないほどの人たちを看取りした。
死に対して受け入れる人、涙を流す人、遺産相続のために我先に死亡診断書を取りに来る人、身寄りがなくて遠い親戚が渋々くる人。
いろんな家族模様も見てきた。

ここで働く看護師は白衣の天使じゃなくて、白衣の死神という言葉のほうがしっくりくる。
できるだけ苦しまず楽に最後を迎えられるようにケアをするのが死神の使命だ。
今日もお昼ごろに、ひとり看取りをした。
最後に一人で逝くのは寂しいだろうから、傍に付き添う。
頬を撫ぜて「お疲れ様。よく頑張ったね。」と声をかける。
まだ温かいけど呼吸はしていない。
まぶたを閉じてあげて、死後の処置に取りかかる。
ここまでが私なりの死神の仕事。あとは家族にしかできない、お別れの時間が待っている。


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