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それって本当にあなたの夢?

2022年から毎年、Wish Listを書いている。Wish Listとはその名の通り、自分の願いや夢リスト。条件はひとつだけ。

お金も時間も無限にある。住む場所、お仕事、ご家族などすべての制約を外したとしたら何がしたいか? どんなことを叶えたいか?

私の場合、書き出す夢の数は100コを目標にしている。年末年始休暇を使って書き出すと、だいたい60コくらいは埋まるのだが、そこから先がなかなか埋まらない。

書き出した60コの夢を眺めて、「少ないカテゴリーはないかな、旅行場所ばかり書いているけど、家でしたいことは何かな?」なんて考え、やっとこさ100コになる。

完成したWish Listは、iPhoneのメモ帳アプリに保存して終わり。年末に振り返って、また新年のWish Listに活かすのがルーチーンだ。

思わぬ空き時間、Wish Listを振り返る

先日、出先で急に時間が空いて、手持ち無沙汰になってしまった。仕事道具のPCもないし、趣味の音楽やPodcastを聞くイヤホンも家に忘れてきてしまった。

ふと「そう言えば、今年のWish Listってどれくらい叶っているんだろう」と思った。

Wish ListはTo do Listではないから、チェックをつけるため見返すことはない。書いたら1年ほったらかし。でもこの時は、なんだか気になってメモ帳アプリを開いた。

「ああ、意外に叶っているなあ」「これは一生かけての夢だから、まだ叶わないなあ」なんて夢を上から順に振り返っていると、だんだんとある違和感が湧いてきた。

「え? これ誰のWish List??」

もちろん、私が書いた私のWish Listである。しかし、なんだかおかしい。後半にいくほど、叶えたいと1ミリも思わない夢ばかり登場してくる。

そこで違和感のある夢をハイライトしていった。その数、20コ弱。

遠目にハイライトされた複数の夢を眺めてみる。はたと気づいた。

「ああ、これ全部、誰かがSNSで言ってた夢だ」

欲求の境界が曖昧になっていく

私はプライベート用、仕事用、情報収集用などを合わせると、約10コのSNSアカウントを持っている。チャットツールも含めると、合計数は20コは超える。各チャネルから毎日、大量の情報が流れてくる。

自分にとって有益な情報だけになるようフィルタリングをして、通知も適宜カスタマイズしているから、情報過多のストレスはそこまで感じていない。

でも、意外なところに落とし穴があった。

自分と他者の欲求の境界が曖昧になっているのだ。

マーケティングの世界では、次にお客さんになってもらえそうな潜在顧客や見込み客の隠れた購買意欲を掘り起こし、新たなニーズと市場の創造を目指す戦略を"インサイトマーケティング"と呼ぶ。

インサイトは【洞察、直感、発見】などの意味をもつ英単語。

外から見てわかりやすい顕在化されたニーズではなく、無意識下にある、顧客自身も気づいていないニーズを掘り出そうとする試みから、この単語が使われている。

これは企業対消費者(B to C)の関係性だけではなく、1億人総発信時代の現代においては、消費者対消費者(C to C)の中でも行われているらしい。特に、インフルエンサーから発せられるインサイトマーケティングはわかりやすい一例だろう。

企業からタイアップを受けるインフルエンサーならまだしも、一個人の仕事や趣味の範囲の発信でも、受け手の無意識下のニーズは刺激され続ける。

「こんなものが欲しいんじゃないですか?」
「こんな理想に近づきたいですよね?」

年を重ねるにつれて、そういった他者の声に惑わされることは少なくなってきたと自負していた。誰かが持っているモノや経験と、自分のそれらを比較して落ち込み、うらやむ回数も減ってきた。自分にとっていいと思える選択ができる力を養えている、と。

しかし今、目の前のiPhone画面に表示されたWish Listには、どうも他者が推薦してきた欲求が入り込んでいる。

"セルフ"インサイトマーケティングで抗う

私は、それら他者の夢の代替案を考えてみた。たとえば、現在の居住地ベトナムの伝統食器を買いたいという夢。

ベトナムには昔から伝わる陶器の制作技法がある。ビンテージの食器や、古い技法を残しつつモダンにデザインされた食器がお土産に人気だ。

ただ私は、その食器の厚みや柄に扱いづらさを感じていた。これはベトナムの気候と食があるから素敵なのであって、日本に帰った後、自宅で使いこなせる自信もなかった。まず食洗機対応していない時点で、普段使いには適さない。

なのにWish Listには「ベトナムの伝統食器が買いたい」と書かれてある。なぜだ。本当は何が買いたかったんだろうか。考えていくと「思い出になるベトナムらしい実用品が欲しいのだ」と思い至った。

それは食器でなくともいい。調理器具や日用雑貨でもいい。私の生活に無理なく馴染む、ベトナムの実用品が欲しい。日本に帰った時、そっとあの時の思い出を振り返られるような。

そうやってひとつずつ、他者の欲求から自分の欲求を掘り下げていった。インサイトマーケティングに対抗するセルフインサイトマーケティングである。

約1時間ほどかかって、借り物のWish Listは本来のWish Listになった。

日常にひそむ欲求シャワー

自分らしい生活や人生には、情報を吟味する手間が必要だ。

私たちは毎日いろんなデバイスを通して、欲求を刺激され続けている。あからさまな広告だけではなく、1億人総発信時代の恩恵として、よりよい生活を手に入れるための欲求シャワーを浴び続けている。

そのシャワー状態に無自覚になると、私のWish Listのような状態になる。

「あれ?これって誰の人生だっけ?」と、数年後振り返ることになる。

その夢は本当に自分の夢なのか。この夢いいかも、と感じた欲求の本質はどこにあるのか。

自分に自分で問いかける習慣と時間が大切なのだろう。

偉そうに書いているが、流行りの「クリティカルシンキング(物事を批判的に捉え、判断する思考法)」なんて聞くと、賢い人がすることと身構えてしまう私だ。

しかし実践できることは、意外に近くにあった。

大型連休、時間がある方はWish Listを見直したり、新たに作ってみたりしてはどうだろう。自分が本当に求めている生活や人生が見えてくる、かも。

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