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いかなごのある食卓


いかなご、と聞いてピンと来るひとは、かなりの神戸通。

地元民か、もしくは親類が神戸にいるとか、そういうコアな関わりがなければ知らないのが“いかなご“というお魚なのです。

神戸やお隣の明石では、いかなごは『くぎ煮』という佃煮にして食べるのが一般的。

兵庫県でも内海に近い街に住むおばちゃんたちにとって、『いかなごを炊く』という行事には特別な想いがつまっています。

それは、春の訪れを告げるには欠かせない大切な習慣で、ここらではいかなごをうまく炊けることが主婦としてのステイタスといっても過言ではないほど。

いかなごはキロ単位で買うもので、多いひとはワンシーズンに何十キロも炊いては遠方の親戚へ送ったり、近所におすそ分けをせっせと配りまくったものです。神戸の郵便局にはいかなご用のタッパーが売られていたり、専用の荷物シールまであるほど。

ところが、そんな春の風物詩、いかなごの佃煮づくりに、もう何年も前から異変が。

いかなごは関東では「小女子(こうなご)」と呼ばれる魚の幼魚で、主に瀬戸内海で獲れたものが水揚げされ、阪神間で販売されていますが、大阪湾では急激に数が減ってしまい、とうとう去年はあまりに数が少ないため漁がたった3日で打ち切りになってしまったとすごい話題になってました。

実はここ、noteでもいかなごについて語られている方がいて、それを見つけた時はとにかく嬉しくって。わたしもずっといかなご偏愛について、熱く語りたかったのですが、なかなか筆が進まず長い間下書きにレシピだけが入っている状態でした。

いよいよ今年もいかなご漁の解禁目前か!?ということで、ようやくスイッチが。

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昔、まだわたしが小さかった頃は、いかなごは1キロあたり1000円もしなくて、おばちゃんたちはみんなバケツ片手に浜へ分けてもらいに行っていて。ちょうど学校から帰るくらいの時間には、あちこちの路地に甘辛い匂いが立ち込めていて、ああ今年もいかなごの季節が来たんやなぁ…と、こども心に春を感じていました。

近所のおばちゃん同士でそれぞれのくぎ煮のおすそ分けが飛び交い、家の冷蔵庫にはもうどれが誰のやら分からんくらい、タッパーやプラスチックのパックが山積み。でも不思議なもんで、何年も食べてたら自然とひとくち食べるだけで「ああこれは○○さんとこのやな」って分かるようになるもんです。

そういう庶民の暮らしの中に息づく普通の大衆魚だったいかなごも、今ではキロ3000円以上が当たり前。昨年の解禁日にはなんと、一部のお店で4000円を超えていたとか。

そうなってくるとさすがのおばちゃんたちも、もうおいそれと手が出せません。特に昔から炊いているひとであればあるほど、「あんた、いかなごごときにそんな値段出せるかいな!」ってなもん。「あんな値段で買うひとの気がしれんわ!いかなごに4000円て!アホちゃうか!」愛憎が入り混じって、もうボロカス言われてます。

でも、神戸を離れていた時期が長かったわたしにとって、いかなごを炊くことは長年の夢。あきらめきれない気持ちで毎年走り回って底値のお店を探して、ちょっとでもいいから炊きたい!と、この数週に全精力を注いでしまうんです。

そう、少しでも安くいかなごを手に入れるためにはとにかく情報戦。

おばちゃんたちの会話に聞き耳をたて、あっちこっちのスーパーに問い合せしまくり、車で走り回って底値かつ鮮度のいいものを探すしかないんです。

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神戸のおばちゃんは、くぎ煮にはとってもシビア。

「○○さんとこのいかなご、今年はもひとつやな。」

「もうだいぶ大きなってしもとるやん。これは釘すぎるわ。固うてかなんわぁ。」

もらっといてディスる。それが神戸のおばちゃん。


神戸の人間は普段決して『イケズ』なわけではないのに、いかなごのこととなると、おばちゃん同士のプライドのぶつかり合いがすごい。

ここ数年、いかなごは入荷時間に合わせて事前に並んでいないとなかなか手に入らないんですが、待ち時間のあいだに炊き方談義から安いお店の探し方まで、必ずおばちゃん同士のマウンティングが始まります。

いかなご世代はかなりのベテラン揃いで、わたしでもまだ若い方なので、並んでいるとまるでこども扱い。


「買うといてってお母さんに頼まれたん?わざわざ並んであげるなんてえらいなあ。」

「えぇ?あんたが炊くんかいな!?よう炊くのん?」


おばちゃん、あたしいくつや思てますのん!!

そんなおばちゃんたちには「高校生の時から炊いてますー!」言うて、びっくりさしたんねん。

それでね、出会うおばちゃんたちみんな、さすがはこんなにも高騰したいかなごをそれでも炊こうっていうガッツのあるひとばかり。並んでるうちにほぼ戦友みたいな感じになってきて、マウンティングしながらもあれこれ教えてくれるんですね。

そんなわけでおととし、去年と連続でいかなご戦線に飛び込んだわたしは、いつのまにかすっかりいかなご通になっていました。

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いかなごの最前線はやっぱり解禁日、初日から5日ほどが勝負。いかなごは小さければ小さいほど良いとされる、初物志向が強いのです。

だから、サイズが小さい解禁日近くがもっとも競争率も高く、最初の一週間くらいは絶対値段が下がらず、ずっと高値で取引されています。


これは、去年の解禁日のもの。

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持ちうる情報網を駆使して、なんとか最安値(のはず!)で手に入れました。

そこから3日で、もうこのくらいの大きさに。

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安値で買える場所はトップシークレット!(笑)なので、店名は隠させて。

1週間経つともうかなり大きくて、これくらいになると「こんなん大きすぎやわ!」って、おばちゃんたちに敬遠されるサイズ。

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だめ押しの4回目、買うつもりはなかったのにかなり値が下がっていたのと、「そろそろ今季はこれで最終かもしれへんで!」の声に、手が勝手にカゴへ。

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結局去年は計4回、8kg炊きました。

原価はね、計算したら…アカン!!恐ろしすぎる!!

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いかなごのなにがすごいって、単なる郷土料理にとどまらず、地域の文化として息づいているところ。

今年はついにここ数年の不漁を受けてか、47都道府県ポテトチップスの兵庫代表として登場!

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たまたま立ち寄ったコンビニで見つけて、つい買いこんでしまいました。

さらに、くぎ煮で有名な神戸の会社『伍魚福』では、毎年いかなごのくぎ煮コンテストを開催されているんです。

これね、年々いかなごが高騰しているせいで炊くひとが減っていて、応募者も少なくなってるような。

昔は知ってるおばちゃんたちも参加してたりして、もっと活気があったんですが。

この高値ではさすがに手が出せない、もうわざわざ家で炊かんでええわ、というひとが多くなってしまって、せっかく継承されてきた文化が廃れていくのは本当に悲しいもの。

なんとかなくならないで続いてほしいものです。


そして、こちらではなんと『いかなごのくぎ煮文学賞』まで募集中!

noteに集う皆さんならちょっと興味湧いちゃいませんか?

エッセイこれ出せばいいやん!って思ったら、800文字までやった…

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というわけで、どこに需要があるのか全くわからない、個人的ないかなご超偏愛noteですが、最後にやっぱりせっかくなので、くぎ煮のレシピを公開してみますね!

わたしのレシピはこれに一番近いかな。

http://www.eonet.ne.jp/~namadu/ikanago.htm

うちは、全部1つのカップ(米用の180ccのやつ)で計るし、いかなごの大きさによって毎回、多少調味料の量は変えてます。

☆材料

●いかなご1kg

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●砂糖1.5カップ (スーパーではキザラといっていかなご用のざらめが販売されてるけど、わたしはその都度いろんな砂糖を試しているので、魚の大きさなど様子を見ながら微調整。)

●みりん(味の母)+酒 合わせて1カップ(7:3くらいの割合)
●醤油1カップ(普通のと濃いめの2種混ぜて 7:3くらいの割合)
●生姜 手のひらより一回り小さめくらいの1個を皮付きで千切り

☆ワンポイント

砂糖を多くしたら固めに、酒を多くしたらふんわり仕上がる。
初日とかは魚が小さいので、濃い目に仕上がる。レシピより調味料を少し減らしてもいい。

☆文旦入りバージョン

上記の材料+文旦の中サイズくらいのもの1個分の皮を投入。
皮は30分くらい水にさらしてから、生姜の千切りと同じくらいのサイズにスライスする。

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この文旦バージョンはもちろん、先日noteで紹介したあの土佐の文旦。

毎年収穫に行くようになってから思いついたわたしのオリジナルレシピで、知人からとても評判がいいんです。2年越しでようやくレシピが確立されたので、今年は自信を持って大量生産可能!いかなごさえ手に入れば…だけど。

☆作り方

いかなごは流水で優しく洗ってざるにあげておく。

調味料全部を鍋に入れて、沸いてきたら生姜入れて、さらに激しく沸いたらいかなごを半分くらい入れる。軽く手でかき混ぜて、煮汁が馴染んだらもう半分も投入。

文旦バージョンは同じく魚を全量入れ終わって、もう一度全体が沸いてきたら一気に文旦を入れる。

いかなごは、とにもかくにも強火!材料をすべて入れて再び沸いたらアルミホイルで落とし蓋をして、そこからもずーっと強火!
炊き続けて、落とし蓋がだいぶ下がってきたらチラッとのぞいてみる。汁が表面ギリギリくらいになったら中火にして、しばらくしてから落とし蓋を外して、最後の煮詰めに入る。

煮汁がほとんどなくなってきたら、両手で鍋を振って上下に魚を返す。
振り方はチャーハン作るときみたいな感じね。
うちは、混ぜるのに箸などは使いません。振るだけ。

この、最後がめっちゃ大事!焦げ注意!全集中!!

照りやきれいな艶が出てきて、もうよさそうやなーって思ったらすぐざるにあげて汁を切る。

この汁は他の煮物に使いまわせるから取っておく。魚の煮物とか、同じ時期に出回る茎わかめ(ミミチ)とかね。

わたしは毎回1キロずつ炊くので、鍋もいかなご用はこれ!と決まっています。大きくて返しやすい軽い鍋がおすすめ。小さい鍋なら落とし蓋はしないことも。

去年はノーマルの他に、くるみをキャラメリゼしてレモンの皮と果汁を加えたくるみレモンとか、低糖生活してるひとのリクエストに合わせてアガベシロップを使ったシュガーレスタイプとか、いろいろ試作してみました。

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ごはんのお供にはやっぱりノーマルなのが一番。

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お酒を飲む方にはほろ苦さがたまらない文旦入りや、カリッとした触感がいいアクセントのくるみレモンが人気でした。

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お酒と一緒に楽しむなら、バゲットにチーズを塗っていかなごをのせた、ちょっとお洒落なカナッペがおすすめ。 

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今年も、そろそろ試験操業をして、うまくいけばもうすぐ解禁になるはずのいかなご漁。ですが、大阪湾ではすでに不漁だったとのウワサも…

今季の初値は一体いくらになるのやら。

もうあんまり高騰せんといてほしいけど…

そもそも手に入るのかすら、危ぶまれるほどの事態なのかも。


なんといっても自然のめぐみですから、どうなるかは神のみぞ知る。


願わくばこれからも神戸のおばちゃんたちに、春のウキウキとワクワクを。

そして細々とでも、伝統のいかなご佃煮を守っていけたらいいな。


さて、我が家の食卓では、大事に大事に取っておいた、最後のいかなごタッパーをついに解禁しました。

一年間、食卓を彩ってくれたいかなごに感謝しながら大切にフィナーレを祝います。


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どうか、また今年も変わらず、食卓でお世話になれますように。




サポートというかたちの愛が嬉しいです。素直に受け取って、大切なひとや届けたい気持ちのために、循環させてもらいますね。読んでくださったあなたに、幸ありますよう。