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フェロー語勉強します。

読者のほとんどはタイトルを見て「まずフェロー語って何やねんな」と疑問に思うかもしれないが,まあちょっと聞いてほしい。

■ なぜに。

どこじゃここは。

事の発端はGeoGuessrジオゲッサーというゲーム。

GeoGuessrは,自分が地図上のどの位置にいるかを,ストリートビューで見えている風景だけから推測するゲームである。1ゲームにつき指定範囲内の中からランダムに5箇所が出題される。特定の国の中や有名な観光地周辺など,ステージによって出題範囲は様々。

プレイヤーに与えられる情報が視覚情報だけと言いつつも,場所を絞り込むには色々なものが手がかりになる。看板やトラックの文字,街並み,太陽の方角,気候,地形,人々の服装,そして自動車が道路のどちら側を走行しているか,など。さらにはプレイヤーは道路沿いを移動することも可能で,移動しながら手がかりとなりそうな情報を集めることもできる。

2020年6月某日。

同年2月に数週間だけ帰省するつもりで地元に帰ってきていた。しかし程なくして新型ウイルス騒ぎが始まり,あれよあれよという間に全国で緊急事態宣言が発令され,しばらく下宿先に戻れない状態が続いた。その後5月末になってようやく全国で宣言が解除されたため,下宿先に戻るチャンスができた。

地元から戻る夜行バスの中でスマホを弄っていると,たまたまGeoGuessrなるゲームが「外出自粛期間中でも旅行感覚で楽しめる」とインターネット上で話題になっていた。なかなかに面白そうなゲームだったので,僕も流行にあやかってWorldワールドステージに挑戦してみた。

World。ステージ名で既に察しが付くと思うが,名の通り全世界・全地域を対象として出題場所が選ばれるため,桁違いに難易度が高い。ここまで来るとカーナビ並みに住所や道路の配置などを覚えている人じゃない限り攻略はほぼ不可能である。新規プレイヤーなのによりによって最難関ステージをやろうとしてしまう計画性の無さは僕の悪い癖。


そうして1問目に出題されたのが,この場所。






※プレイ画面を撮っていなかったので正確な位置は忘れてしまったが,代わりにGoogle Mapのストリートビューでそれらしい場所を探して画面をキャプチャした。





何もない。

驚くほどに何もない。

かすかに曇った空の下。澄んだ大きな河(?)の両岸には,表面を平らに削られたフィヨルドらしき地形。地表面にごくわずかに茂る草。こちら側の岸に沿って,舗装された道路がたった一本通っている。

それ以外は,本当に何もない。

道路沿いを移動してみる。たまに幾つか水面に漁網が張られているのが見えるから,人が住んでいるらしいことは分かる。道すがらヒツジも何頭か見かけた。岸へ流れ出る小さな川や滝もある。だがどれだけ移動しても,ただ同じ様な風景が延々と続くばかり。住宅や看板はおろか,車一台,いや,人間一人すら見つからない。

同じくGoogle Mapからヒツジの画像。

1問目でもうこれである。焦った。手がかりになりそうな情報はこの奇妙な地形と,太陽の方角くらいしかない。南側に低く太陽が昇っているから,北半球の高緯度地帯であることは間違いない。それ以外は何も推測できないのだから困った。

しかし。

ゲームプレイのことを一旦差し置いて,冷静になって一帯を眺めてみると,確かに何もないのだけれども,恐ろしいような,それでいて落ち着くような,何とも言えぬ感覚を覚える。

自分が今までに見た中で一番美しい景色だとさえ思った

全く手の加わっていない大自然が,人間の意識を置いてけぼりにして,ただそこに鎮座している。その大自然というのも,鬱蒼とした森林や,色鮮やかな花畑なんかじゃなく,永遠に続く谷と,数頭のヒツジという,見たことのない側面。極限なまでの静けさとその向こうにある畏怖が,液晶ディスプレイ越しにも感じ取れる。


「このバスはこれより高速道路に入ります。全席シートベルト着用にご協力お願い致します」

我に返る。深夜0時のバス内。それ以上の情報に有り付こうと徹夜してしまうところだった。おーあぶね。結局,フィヨルドが多数存在するノルウェーの海岸沿いと見積もって適当に場所を選択した。


結果は大ハズレだった。
僕が落とされたのは,フェロー諸島と呼ばれる場所だった。

……??????


どこじゃそれは。


聞いたこともない場所だった。

まず,北欧の海のド真ん中にそんな諸島があると考えもしなかった。高校の地理の授業でも何度も地図帳を開いてきたのだが,その地図帳にはたった1ページに小さく描かれているだけで,当然授業で触れられることもなく,ずっと見逃していた。もしGeoGuessrで出題されていなかったら,生涯その存在を知ることはなかっただろう。衝撃的すぎて他の4箇所がもうどうでもよくなってしまった(単純に残りの4箇所をこの難易度でやるのがしんどかったのもある)。

訂正:筆者が地理の授業で使用した地図帳「新詳高等地図(帝国書院,平成27年発行)」にて,「ヨーロッパ」の章中には確かにp.45にのみ「フェロー諸島」という地名付きの記載がありましたが,改めて確認したところ,p.1の世界全図,「アフリカ」の章中p.39,「北アメリカ」の章中p.65にも地名付きの記載がありました。ただし「ヨーロッパ」の章以外のものは,諸島の紙面上の大きさが最大でも3mmと,見つけるのが難しいほど小さく記載されていたことを補足致します。

2022年1月4日
フェロー諸島の衛星画像(パブリックドメイン)

自宅に着いてから,フェロー諸島についてインターネットで調べていた。Wikipediaの情報程度しか確認できていないが,それでも知るほどに興味が湧いて出てくる。

フェロー諸島。フェロー語表記では “Føroyar” で,元々「ヒツジたちの島」とか,そういう意味だったらしい。実際にフェロー諸島ではヒツジなどの放牧が行われている。その他に水産業も盛んであり,フェロー諸島の経済を支える重要な産業である。どうりでヒツジや漁網をよく見かけるわけだ。

北欧の海に浮かぶ諸島であり,陸地を足し合わせた総面積は約1399km²。日本一面積が小さい都道府県である香川県(約1877km²)よりもさらに小さい。人口約5万人。現在はデンマーク領であるが,フェロー諸島の自治政府によって行政が行われており,EUには加盟していない。住民の多くはデンマークからの独立を望んでいるとのこと。この間の東京オリンピックにもフェロー諸島という独立の選手団として出場していた。

“THE TRUE SIZE OF ...” というサイトで比較したフェロー諸島(水色)と四国。実際には島と島の間に距離があるため香川県よりも広い範囲を占めるが,それでも四国にスッポリ収まってしまう。

大陸から遠く離れてポツンと存在する諸島であるためか,フェロー諸島には古い北欧の文化を残した独自の文化が根付いており,それは近所のどの国の文化とも異なるらしい。唯一の公用語であるフェロー語も,スカンディナヴィア半島周辺の諸言語よりも,どちらかというとアイスランド語によく似ているとか。不思議。

切り立った海岸は氷河に削られた結果であり,まさしくフィヨルドである。しかしゲームで大河だと思っていたものは,別々の島に挟まれた海峡だった。暖流である北大西洋海流の影響で年間を通して気温がさほど変化しないため,冬は高緯度の割に暖かく,また霧や風の日が多い。その独特な気候とも相まって,フェロー語には霧を表す表現が30種類以上ある。

Wikipediaにフェロー諸島の公式サイトへのリンクが貼ってあったので覗いてみた。

ようやく生活感のある風景に出会えた。どうやら僕は,たまたま市街地から遠く離れた場所に落とされただけだったようだ。ひとまず安心。フェロー諸島の衣食住,気候,地理,歴史,文化,教育,社会保障制度,インフラなどについて事細かに紹介されているが,概して比較的住みやすい場所という印象を受ける。OECDが制定している「より良い暮らし指標 (Better Life Index)」もフェロー諸島ではかなり高い値を出しているとのこと。

地球上にそんな素晴らしい場所があったとは。あの風景を望め,独自の文化を持ち,住む人を幸せにする諸島。学校の授業で一度も取り上げられないのはあまりに勿体なさすぎる。

しばらく考えた後,僕はある結論に至った。


僕,将来ここに住むわ。

ただの興味本位で,しかし半分本気で,そう感じた。

決して,日本での生活や政策に不満があるから逃げ出したいとか,家庭や文化を愛していないとか,日本で働き続けても儲からないとか,そんな深刻な理由じゃない。移住動機としてはよく聞く話だが,自分はむしろ地元に相当馴染んでいるので,そこは誤解しないでほしい。ガチで。

というか,こういう海外に行ってみたい欲求というのは家系の影響かもしれない。母方の祖父母もスイスやらペルーやら南極やら,つい最近まで色々なところへしょっちゅう旅行に出掛けていたし,両親もお互いを知り合った頃にヨーロッパを度々旅行していた。僕が小中学生の頃は,ディズニーランド目当てに学校を休んでまでアメリカや香港へ何度も家族旅行したものだ。羨ましいだろ。うへへ

旅行は刺激になる。自分の慣れ親しんだ場所と全く異なる気候・風景・文化・常識をこの身で感じるという貴重な経験は,義務教育や社会経験に勝るとも劣らず,その後の人生に大きな影響を与える。旅行に対する熱意や欲求は,家族代々引き継がれてきたものなのだろうか。ここ最近の僕もその刺激を再び欲しがっていた。僕もそろそろ自力で海外旅行に出掛けてみたい。できれば,祖父母も両親も行ったことのないような場所へ。願わくばそこに住んでみたい。

それに相応しい場所を,僕はようやく見つけたのかもしれない。あるいは自分の無分別さから出るただの白昼夢か。

いかんせんそのためには,フェロー語を学習せねば。

■ いかに。

教材探し。

僕はDuolingoという語学アプリでドイツ語とエスペラントを学習している。広告無しなどの有料オプションこそあれ,ほぼ無料で様々な言語を学習できる良質なアプリ(個人の意見)。日本語に対応しているコースはまだまだ少ないが,英語を経由すれば学習できる言語は一気に増える。さらにDuolingoでは,学べる言語を増やすために世界各地の人々が学習コースの開発に協力している。

しかし,今のところDuolingoにはフェロー語コースがない。話者人口5万人余りという超マイナー言語,開発されるのを待つのは流石に時間の問題かもしれぬ。ザンネン。さっきの段落は本当に意味のない,単なるDuolingoの宣伝になってしまった。

フェロー語学習ができるFaroese Onlineという英語のメールマガジンも見つけた。しかしいざメールアドレスを登録して待ってみても,「只今フェロー語学習に役立つ資料を準備しています。待っててネ!」という趣旨のメールが届いたっきり,何の音沙汰もない。

フェロー語の教材を探しに大学の図書館にも寄った。しかしそもそもフェロー語を理解する日本人というのも滅多に聞かない話だ。フェロー語について十分に理解している人間がいなければ教材だって作られまい。案の定フェロー語の教科書は見つからない。その代わりロマ語とかカタルーニャ語とかバスク語とかは見つかる。どうなってんねんウチの大学。

タダより高いものが無いならばと,Amazonや楽天市場で教材を探してみたが,日本語で検索しても1件たりともヒットしない。英語で検索してみても,ヒットするのは単語帳,辞書,それからちょっと値が張るゴツめの教科書。見るからに中上級者向けという分量だし,学生には流石に手が届かない。うーむ……

アイスランド語と似た言語ということなら最悪アイスランド語の教材でも良いのではないか,とも思った。けれども,文法や語彙・発音がどこまで似ているかもわからないのに,初心者がそういう中途半端な情報を当てにして無関係なアイスランド語の教材にいきなり手を出してはいけないように感じる。

まあそうか。ただでさえマイナーな言語だ。それに語学のためなら,それ相応の努力や高額出費も当然のことだろう。都合よくフェロー語の教材なんてタダで転がってるわけ———


あった。


先で紹介したDuolingo内のフォーラムで,「フェロー語のテキストを見つけたので載せておきます」と,このPDFが共有されていた。会話例や文法解説,練習問題なども付いて,総ページ数417頁と分量もそこそこある。出版社はSTIÐINという会社。ホームページで音声ファイルも配布されている。

こんな立派なテキストをタダで勝手に使って大丈夫なのか?心配になって色々調べてみたが,フェロー語の学習方法についてまとめている複数のサイトがこのPDFへのリンクを貼っている。Amazonでこのテキストを探してみても,廃刊になったせいか入手できない状態になっている。ひとまずこのPDFを使って大きな問題はなさそう。


待った。ここはインターネット。掲示板にはフェロー語に詳しい人が集まっている可能性がある。そう思って5chの語学関連スレッドを探してみると,過去ログに1件だけだが,予想通りフェロー語スレッドが存在した。

(以下のサイトでは大人向け広告が表示される場合があります。閲覧する際は十分ご注意ください)

マイナーな地域で話されるマイナーな言語であることが幸いしてか,掲示板にやってくる人の数も多すぎず,平和なレスが交わされている。しかも日本語によるフェロー語文法の解説や,フェロー語ニュースの日本語訳もいくつか載せられている。めちゃめちゃ助かる。


YouTubeでも参考になりそうな動画がないか探してみた。講座動画の形態をとってフェロー語を教えている動画は少ない。しかし「木を隠すなら森」。フェロー語を探すなら,諸島民の日常生活の中に。現地の人がフェロー語で話している動画というものを探してみると,これが結構な数見つかる。リスニングや発音の練習には十分すぎる数だ。

他にもフェロー語のラジオ番組をウェブ上で聞けるサービスや,フェロー諸島のニュースサイトなども幾つか見つけた。

なるほど,意外にも教材は探せば見つかるものだ。

今後は主にこれらを活用して学習することになる。


とはいえ,ちょっと心配ではある。


■どうか,お力添えを。

学校の授業や語学アプリなど今まで経験してきた語学では,整ったカリキュラムがお膳立てされていたし,学習者の答案や質問に対して何かしらのフィードバックがあった。それがおそらく普通のやり方である。

今回のフェロー語学習は違う。基本的に完全独学。学習の仕方も試行錯誤して探さなければならない。些細な疑問すら簡単に解決しない可能性もある。人生で初めての経験だが,テキストのタイトルに ”for Beginners初心者向け” とある以上は初心者に対して何らかのフォローはしてくれるはずと信じて乗り越えるしかない。

しかしながら,フェロー語について多少質問したり自由に話し合ったりできる環境がある方が助かると思う。もしフェロー語の教養のある方や,フェロー語学習コミュニティなるものをご存じの方,フェロー語に対する僕の認識に物申したい方がいれば,遠慮なくコメントやツイートなどして頂きたい。また,僕のフェロー語学習の様子を誰でも閲覧したりコメントしたりできるように,noteもちょくちょく更新しようと思う。自分が学んだことの文章化は思考の整理にも効果があるかもしれない。

それと,僕はこれからしばらくフェロー語を学習することになるけれど,これはあくまで自分の趣味のため。今は大学の卒研やその先の大学院での学業,アルバイトなど,優先すべきことがある。無理のないように時間を確保して両立させたいけれど,どうしても限界がある。もし僕がフェロー語学習を放置しているように見えても,いずれ余裕を取り戻したら再開するので,それまではどうかそっとしておいてほしい。


さて。

ここまで長々と書いてきたが,まさか今の僕が,新型ウイルスの流行で生活を変えられてしまったのは勿論のことだが,それよりもあの夜行バスの一件がきっかけで,ほぼ誰にも知られていないような言語を,それもほぼ誰にも知られていないような場所に住むという明確な動機を持って,自分で教材を探してまで学ぼうとしているなどと,つい2年前までは思いもしなかった。出会いとは誠に摩訶不思議なものである。

以上。乱文御免。


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