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アントワーヌ・ローラン『ミッテランの帽子』吉田洋之訳、新潮社

少し前に読んだ『赤いモレスキンの女』が軽めの楽しい小説だったので、同じ作者のこの小説も読んでみた。風邪っぽくて外出を取りやめたある日、一日で読んでしまった。

さて感想はというと、やはりスイスイ軽く読めるのだが、こちらの小説はフランス人の方がずっと楽しめそうだということ。つまり、舞台となっている1980年代のフランスの社会的、文化的なあれやこれやを知っていて、空気感がわかる人の方が、日本人のわたしよりもずっと楽しめそうなのだ。ミッテラン大統領がどんな政治家だったかも、もちろん知っている必要がある。とはいえ、わたしも考えてみたら80年代に何度かパリに行ったことがあるし、ブラッスリーの描写などは読んでいるうちに自分もそこにいるような気になった。出てくる香水の名前のうち、自分が持っていたものもあって懐かしかった。

どんな話かというと、あるブラッスリーに食事にやってきたミッテラン大統領がうっかり帽子を忘れてしまう。隣のテーブルにいた男がその帽子をつい出来心で盗み、彼のさえない運勢が途端に急上昇し始める。しかし彼はその帽子をうっかり列車の網棚に忘れてしまい、それを見つけた女性が……というふうに、帽子は次々に4人の人間の手を渡る。帽子を手にすると、不思議なことにその人の人生が急に上向きになっていくのだ。面白いのは、帽子がただ人から人へと渡っていくだけでなく、最初の男がなんとかして帽子にもう一度会いたいと行動を起こしていくところだ。

この話では、フェルトの帽子がいやがうえにも注目を集める。ただ、自分の思いを文字にして書きこむ手帳に比べて、帽子は頭の中に直接働きかけるように思われ、わたしとしては帽子よりも手帳の方がストーリーの道具立てとしては好みかもしれない。

尚、『赤いモレスキンの女』に影響された単純なわたしはその後、自分用にモレスキンの手帳を買ってしまったのだが、この高くて見るからに書きやすそうで手触りもよい手帳に、いったい何を書いてよいやらわからず、未だに1字も書いていない……笑。


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