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『よるの童話』

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心のどこかが疲れた大人(ミモザ)による 同じようにどこかが疲れた大人のための物語集です。
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記事一覧

【 詩 】月見草をにぎりしめて

車のヘッドライトが眩しすぎて 青い夕闇の底にうずくまる うずくまっているといつもあの人が助けに来てくれる 大丈夫だよ。目を開けて。 そう言って優しく 手を引っ張ってくれる そして道の脇に生えていた月見草を1本折り取ると 私の手にそっと握らせてくれる 月の香りがするから月見草 なの?と 私は彼に問う 彼は笑ってそんなことはないよと言うけれど 確かに 月見草からは月のような香りがしていたし その香りがほんのり光っている 優しい明かりを吸い込んで 私は立ち

花の匂いの道案内【短編】

新しくできた友だちの家に誘われた。 街の図書館で偶然仲良くなった子だ。 めったに友だちの家に誘われない私はとても嬉しくなった。 おまけにその子は明るくておしゃれなとても感じのいい子なのだ。 「うちの住所はヒミツね。案内メールをおくるから」 家を出る直前に届いた道案内は『花の匂いの道案内』と書かれた手書きのメモを写した画像だった。 最寄りの駅を降りて、交番の横の道を曲がった後は 花の匂いが順番に書き込んであって、 最後に自分の家のイラストが描いてあり、 「花の匂いを辿ってきてね

朧月夜に洗濯干せば【シロクマ文芸部】

"朧月夜に洗濯干せば 乾いたシーツは魔法のシーツ 乾いたタオルは魔法のタオル" 「あなた、このタオルやこのシーツ、朧月夜に干したでしょう?」 うちに泊まりにきた年上の従姉妹が、一晩寝て起きた朝に 洗面所で顔を洗い、用意してあったタオルで顔を吹きながらキッチンに来てそう言った。 「ええ。どうして分かったの?」 「どうして分からないと思うの? 自分では同じ晩に干したシーツやタオルを使ってないの?」 「ええ。だってお姉さんが来るっていうから、無理して急いで洗って干したんだもの」

馬をあげるよとあなたが言った【短編】

喫茶店で私がクリームソーダを飲んでいる時、 向かいに座って コーヒーを飲んでいる彼が言った。 「馬をあげるよ。どんな色の馬がいい? 」 それは彼の独特な遊びだと気がついたから 私はそれに乗ってみて 「白い馬がいいな」 と答えた。 「白い馬 いいね。名前は何て?」 「そうねえ…」 私はクリームソーダのまんまるなバニラアイスを細いスプーンでつつく。 春の朧月のようなアイスクリーム。 「そうねえ…どっちがいいかな…」 「どっち?」 「朧月か、バニラ」 「どっちもいいね」 「そうでし

卒業の日の桜トンネルで【シロクマ文芸部】

卒業の日も私は一人。 いつものように、一人ですっと校門を出た。 誰にも声を掛けられない。 声を掛ける人もいない。 ただ一瞬振り返り、校舎を、校舎の一番上の階にある 図書室の窓を見上げた。 さようなら。たくさんの物語。 さようなら。読み切れなかった物語。 さようなら。私の静かな幸福な時間。 今年の桜は早い。 川沿いの帰り道はもう桜のトンネルだ。 卒業式の日の中途半端な昼間の時間。 誰も通っていない。 私はゆっくりと歩く。 たまに、はらりと花が落ちてくる。 目白がつついて落とす

心の中の森の中の小さなおうち

心の中は森のようだ。 森の中はたくさんのいろんな木がぎっしり生えていて 歩いているとほとんどの場所が暗くて寂しくて心細い。 たまに木が途切れて、日のあたる小さな野原があって そこには小さな白や赤の花が咲いている。 小鳥のさえずりも聞こえるし、気持ちのいい風も吹く。 でもまたすぐにフクロウの声しか聞こえない暗い道になる。 どうしたらいいんだろう? どこへ行けばいいんだろう? 私、どこへ行きたいんだっけ? 「これ、あげます。 少しスペースがあったら、そこに投げてください」 目の

梅の花と手品【梅の花・続編】

梅の花を見ようと夕暮れの公園を一人で歩きに行ったとき、年老いた手品師と出会った。あるいは夕暮れゆえ、古い梅の木を人と見間違えたのかもしれない。 とにかく私は一本の、梅の枝を受け取った。 見たことのないほどの美しさを放つ紅梅と白梅が、一輪ずつ咲いている枝だった。 それを家に持ち帰った私はすぐに水に差し、寝室のサイドテーブルに置いた。部屋は梅の香りで満たされた。 その香りの中で眠った私は夢を見た。一晩中いくつもの夢を見て、翌朝目覚めた時は不思議な心持ちだった。はっきりした夢を見て

二月の夕暮れの老マジシャン【シロクマ文芸部】

梅の花が咲く夕暮れの公園を歩いていた。 ほのかな梅の匂いが奥へと誘う。 公園の奥にはちょっとした梅園があるのだった。 でももう日が暮れかかっている。私は一人で薄暗い梅園へ進んで行くことを躊躇した。 しかし梅の香りはその躊躇を許さない。私はあきらめて奥へと道を進んだ。 二月の初めだというのにもう梅はほとんど満開だった。 日が沈みかけて辺りが薄青くなった中、白梅も紅梅も咲き誇っている。 白い花びらは少し青めき、赤い花びらは彩度を落とした紅を空に浮かべている。そこはとても静かでた

花模様の秘密のハンカチ

私はいつも公園を散歩する。 広い公園だ。 大きな池も、小さな山もある。 そこを散歩している時間が一番、心が自由だ。 公園には昔はたくさんの野良猫がいたが今はほとんどいない。 猫ボランティアによって管理され、減った。 減ると同時に猫ボランティアも減り、今では少ない猫の元を乳母車を押してまわりエサをやるおばあさん一人だけになった。 おばあさんは「エサ代募金ぼしゅう」という札を乳母車に貼っている。私は時々募金する。ポケットに500円入れて散歩することにしているので、気が向いたとき

キツツキと花模様

「ねぇ、キツツキさん」 下から声がしたのでボクは木をツツくのを止めて首を下に向けた。 女の人がこちらを見上げている。 「なんの用ですか?」 ボクがたずねると 「おうちが欲しいの」 と言われた。 「ボクは大工ではないので無理です。 今、ボクは木には穴をあけているだけで。 エサを探すために」 女の人は首を振った。 「それでいいの。 その穴をひとつ、ちょうだいな。 どうしても、私だけのおうちが欲しいの」 ボクは高い場所から少し下にぱたぱたと降りた。 女の人よりちょっと上の辺りに。

海の底で青写真【シロクマ文芸部】

「青写真というのはサイアノタイプとも言い、鉄の価数が光により変化することを利用して…」 教壇で先生が話す青写真の仕組みは、子守歌となって私の瞼を重くする。 「まずクエン酸鉄アンモニウムとフェリシアン化カリウムを紙に染み込ませ…」 「フェリシアン化カリウムは赤血塩とも言う赤い結晶で…」 クエン酸…鉄…フェリ… 眠りの世界も青い。 海の底だろうか。でも海の底は青いだろうか。 それはイメージなだけではないだろうか。 「そんなことどうでもいいから早く」 だれかに急かされて私は刷毛で

みえない空中の港【青ブラ文学部】

「ねえママ 、本棚の横に 港を作ってもいい?」 港 ?私はびっくりして小1の娘を見た。 娘はとても真面目な顔をしている。手に持った本の「港とは 」と書かれたページを開いている。 「港っていうのはね。 船から人や物を安全におろしたり積んだり、船を休めたり、強い波や風から船を守る防波堤があったり、そんな機能がなくてはならないんだって。私は宙を飛んでいる 見えない人たちの見えない船のために港を作ってって頼まれたの。見えない人たちに」 本を見せながらそういう娘に私は頷いた。 「いいわ

耳かきこけしの旅立ち

わたしは耳かきが好きなのだけど、特にこけしが付いている耳かきが好きだ。ふわふわのぼん天はいらない。こけしがついているほうが良い。絶対に良い。でもコレクションしているわけではない。必要な分だけ買うのだ。 そんな中で一番のお気に入りのこけし付き耳かきのこけしが言った。 「わたし、耳かきの棒から離れて旅に出たいです」 「棒から切り離してあげることは出来るけど、どこへどうやって旅に出るの?」 「虫の背中に乗って、木のふるさとに行きます」 納得したわたしはそのお気に入りのこけしを棒から

赤い実の願いは雪ウサギ

お正月の間、短く切って一輪挿しに飾っていた南天の実を ママが私に「捨てちゃって!」という。 もうお正月が終わったんだから、と。 まだつやつやしてきれいなのに… でもママのいうことには逆らってはいけない。絶対に。 私は「はい」と返事をして花瓶の水を洗面台でこぼし、赤い実のたくさんついた小さな枝をゴミ箱に捨てた。 赤い実がぽろぽろと二粒床に落ちたので私は拾って手のひらに乗せた。 そこからまたゴミ箱に入れようとすると赤い実が私に話しかけた。 もちろん声がするわけではない。 でも私は