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【読書感想文】 国境なき医師団を見に行く、国境なき医師団をもっと見に行く

年末に国境なき医師団(MSF)に対する寄付を申し込んで、恥ずかしながらMSFについて何も知らないことに気づいた。
すこしgoogleするうちに、いとうせいこうさんが記事を書いていたのを見つけ、それがまとまって本になってるようだった。
私の中で、本だけはいくら買ってもいい。ってルールにしているので、速攻amazonさんに届けてもらう。
それがこの本です。

いとうせいこうさんがMSFとこんな深いつながりがあるなんて知らなかった。彼の本は想像ラジオしか読んだことなかったけど、目の前の人たちにしっかり向き合う姿勢と、そして時々混ざってくる不思議な世界がとても私の好みだった。

ニュースを見るときもいつも思うけれど、こんなことにならなければ知ることのなかった地名や、病院の名前とかが、今わかってしまうのが辛い。でももっとつらい思いをしている人たちを助けている人たちがいる。そんなことできるなんて本当に尊いと思った。

そして私が本当に少ないな。って思っていた寄付も、その全部が集まってすごく大きな金額になっていて、+寄付してくれている人たちの気持ちも集まってすべてがドライブされている。というのを読んで、あぁ、この本を読んで本当によかったな。書いてくれてありがとう。と心から思えた。

話が変わるような変わらないような…

私は今マインドフルネス瞑想の練習をしていて、でもそれをなんでやっているのか、ずっと目標が見つかっていなかった。
なんとなくこれは私に必要なことだ。っていうのはわかってるんだけど、それは感覚であって理由じゃない。
この間先生と、「つらい思いをしている人のそばにいて、何も変えないでいること」の大切さを話した。

私はcompassionとempathyの違いを探していて、何かの本で読んだ、「compassionは自分を相手と切り分けて愛を送る、自分が同じような悲しい状態になってしまうと、相手を助けられないから。」っていう説明を理解はできるんだけど、どうやって切り分けたら良いのかわからない。っていうのを先生に相談していた(ちなみに先生は絶対答えをくれません笑、超考えさせてくる)。

先生はまず、仏教のその考え方自体が生まれた時には、compassionも empathyも sympathyも多分切り分けてなかったんだよ。と言った。
もうそれで超納得なんだけど、先生が最近あった話として教えてくれたのは、家族を亡くした人に、ただそこにいるだけ。で寄り添ったほかの先生のお話し。

辛い思いをしている人がいるのを、見ないふりをしない。自分がそこに行ってそばにいる努力をする。でも、その人の気持ちを和らげたり、むりやり変えようとはしない。
だって悲しい気持ちは絶対に人じゃ癒されないから。自分で立ち直るしかない。
でも、いつかその人が少し元気になった時に、そばに寄り添おうと努力していた人がいたことは、すごく救いになると思う。

元気出して、とか気にするな。とか言ってその人の状況を変えようとすることや、時々思い出して近づいて元気になった?ツンツン、ってすることは簡単。
でも何も変えずに、でも自分のことのように辛い気持ちをシェアすることはすごく強くならないとできない。
私たちは、それを練習しているんだよって。

その話をきいて、私のゴールはこれだ。って気づいた。
どれだけ辛くても、逃げないでそこにいること。強くなること。
大好きな人たちや、そうでない、だれでもない人たちにもそうしたい。

手や足をもがれて、目の前で家族を殺された人たちの気持ちなんて私は絶対にわからない。でもわからない。って切り離すんじゃなくて、そばにいて助けようとする努力をしてる人たちのように強くありたい。
きれいごとでしかないけど、この本を読んだのと、先生と話したこと、それがつながって細い道が出来た気がした。

世界中の人にいろいろな役割があって、人の役割をうらやましくなったりすることもあるけど、私の先生は先生の、いとうさんはいとうさんの、寄り添われる人は寄り添われる人の、人を助けている人はその人の。みんなそれぞれの役割をこなしていて、私は私の役割をきちんと探して務めていこう。と改めて思えた本だった。

本当に本当にいい本なので、ぜひ読んでみてください。
いとうさんの文章にはまって、いま寝るときのお供は見仏記ww

「支援者の方にもそれぞれストーリーがあって、あたしたちにもあって、そういうものが全部つながってドライブされて、それが活動になっていくんだなって分かって。」
俺の心も動いた。「全部繋がってドライブされて、それが活動になっていく」というダイナミズムは、善意が持つ力だった。

国境なき医師団を見に行く いとうせいこう




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