見出し画像

【読書記録】死にがいを求めて生きているの/朝井リョウ

なんつ〜不穏なタイトルだ、と思う。
物語は、看護師の友里子の目線から始まる。
看護師として勤めて数年。勤め始めた頃の希望とやる気に溢れた感情は薄れ、毎日毎日同じことの繰り返し、として職場と家を往復している。
彼女の職場に、植物状態の患者がいる。
南水智也。
東京で緊急搬送され、その後北海道の病院に移送されてきた。
彼の元に毎日、通う”親友”堀北雄介。
「目を覚ます瞬間に絶対立ち会いたい」と言う。
「絶対」という言葉。
その希望と期待・意思に満ちた言葉を受けて、友里子は、最近学校を休みがちの弟を彼に会わせる。
「絶対」という言葉を求めて。
雄介という青年の真っ当で健全な精神を求めて。

あれ?朝井リョウさんってこんな感じの作品を書く人なんだ。
私が読んだのは「何者」だけなのだが、その痛烈な批判精神のこもった目線にピリピリ、いや、ぐりぐりと胸を抉られたことを覚えている。
意識を反転させられるような展開。自意識とか、自尊心とか自我とか、そんなもの全部全部脱がされて素っ裸にされたような、すみませんでした、と尻尾振って逃げたいような気持ちになった。

何だか、丸くなったのかな…
と思ったのも束の間。

物語は、この植物状態の智也と雄介を軸に展開していく。
幼馴染であるという彼ら二人。

彼らが小学生の時の転校生。
中学の時の同級生。
同じ大学の男子。
テレビ番組のディレクター。
視点は変わっていく。

真っ当で、健全な友情として描かれていた智也と雄介の輪郭が徐々にぼやけていく。
転校生の一洋は「どうしてこの二人は仲がいいのか」と疑問に思う。
「正反対」の二人。
運動が得意で、優劣をつけたがり、目立つことが好きな雄介。
運動が苦手で争いごとを避ける穏やかな智也。
小学生なりに雄介に違和感を持つ一洋の視点。

よく知らない人たちの中にいるというだけで、これまでずっと仲良くしてきた智也が、よく知らない人に見える。その人の背景が変わるだけで、その人の所属している場所が変わるだけで、その人まで変わってしまったように見える。
本文・前田一洋後編より

この、一洋の言葉は後に響いてくる。
中学生の亜矢奈は智也に惹かれている。一方で、雄介のことは苦手としている。亜矢奈の視点で段々と明らかになる、雄介の歪さ。

大学生の安藤与志樹は不意に注目を浴びたレイブという活動で、テレビの取材を受ける。そのテレビ取材で出会った雄介は、大学のジンパ復活運動をしていた。
ただ純粋に音楽を楽しむために始めたレイブという活動。しかし、そこに政治的な話や社会問題を載せることで大人たちや周りから注目されたことが嬉しくなった与志樹。しかし、雄介を見たとき、そこに自分を重ねてしまう。
熱中し、白熱するほどに盛り上がり、興奮する雄介。しかし、そこには内容が伴っていない。

そして、学生時代に撮ったドキュメンタリーでディレクターという職業についたが、今は注目も期待もされずにやるべき仕事もやりたい仕事も見つけられない中年の弓削。

後半に行くほどに、
「やりがい」だとか「生きがい」というものを求めて、でも見つけられずに、もがく人が描かれる。
小・中学時代に競争や順位づけというものが失われていったことが描かれ、そこに戸惑う雄介がいる。
働く意味や、生きる意味。どうして働くの?どうして生きてるの?私はここにいていいの?名前のない労働に意味はあるのか?自分は社会に求められているのか?自分という存在を認めた、自分の名前がついた注目を浴びたいという欲求。
信念。

私自身も、どちらかといえば「対立」は好まない。何かといえば、議論や興奮した状況を好む雄介は理解できない。でも、「生きがい」「やりがい」と言われた時には、身に覚えがある。
そうしたものを求めた時期もあったし、信念を持っている人を眩しく感じることもある。
自分は特別だと信じたい想い。
十二分に身に覚えがある。
こうした内面的な葛藤の面白さと、もう一つ、この本には読みどころがある。

それは
「海山伝説」というもう一つの軸。

読み終わってから知ったのだが、これは螺旋プロジェクトというものの一環らしい
。「海族」と「山族」の対立というものを八人の作家によってそれぞれ時代ごとに書いているのだとか。この要素が加わることで、物語は何だかミステリアスな、SF 要素も孕んだ展開を見せている。
敵対するのは「背景」の問題なのか、という提議がなされている。

とはいえ、この物語の核はやはり「生きがい」というものを求めて生きている人間だと思う。


「平成」という時代。私たちは「生きがい」を求めて、でもそれが見つけられずにもがいているのだろうか。思い当たる節はもちろんある。みんな、「生きがい」を求めている。生死を伴わない「生きがい」は時に生ぬるく映る。
でも、生ぬるくても、平和ボケと言われようとも
誰かを傷つけたりしないのであれば、みっともなくてもいいんじゃなかろうか。
でも、やっぱり朝井さんからの目線が怖くて、自分は大丈夫かな?と背中を振り返ってみたくなる。
私は違う、て本当に言えるのだろうか、と。



この記事が参加している募集

読書感想文

よろしければサポートお願いします!サポートいただいたお金は、新刊購入に当てたいと思います。それでまたこちらに感想を書きたいです。よろしくお願いします。