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秋谷りんこさん「ナースの卯月に視えるもの」第一話、二話(『WEB別冊文藝春秋 電子版54号(2024年3月号)』掲載)に触れて


本日は、秋谷りんこさんの「ナースの卯月に視えるもの」(note創作大賞2023「別冊文藝春秋賞」受賞作品)の第一話、二話(『WEB別冊文藝春秋 電子版54号(2024年3月号)』掲載分。)を拝読した感想文の記事となります。


🌟作品の詳細は、ぜひ秋谷りんこさんのこちらの記事で↓


🌟『WEB別冊文藝春秋 電子版54号(2024年3月号)』を購入して読みました。
 WEB別冊文藝春秋様のこちらのnoteでは、第一話の冒頭を読むことができますよ☺


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「死」は「生」の延長線上にあると思うが、「生」と「死」の「境界」は計り知れないほど深く大きく、恐ろしいもののように思える。

まるで歩んできた道が突然ぷつりと途切れてしまうような、一歩先が断崖絶壁で深淵を覗く暇もなく足元が崩れ去ってしまうような、自分の「死」について考えているとそんな感覚に陥ることがあるのだ。

これまでの人生で何度か病院に入院したことがあったが、入院病棟にいる時にだけ肌で感じることのできた「それ」も、ある意味「死」というものに抱く感情に少し似ているのかもしれない。
(+ほんの少しだけ好奇心も含まれたかもしれない。)

秋谷りんこさんの「ナースの卯月に視えるもの」の導入部。
主人公・卯月の勤める深夜二時の長期療養型病棟にも、あの頃感じた廊下の妙な静けさ、無機質な音の冷たさ、息を凝らした緊張感が漂っていた。

「何かが起きるに違いない」

不穏な空気を気取ると、早くページをめくってしまいたい、(怖さに立ち向かう覚悟を決めるために)もう少しゆっくりと読み進めたい、という二つの思いがせめぎ合う。

しかし、結論から言ってしまうと、「これからとてつもなく恐ろしい事件が起こるのではないか」と背筋を寒くする必要はなかった。

主人公の卯月や同僚ナースたちの会話が始まると、途端に物語に温度が生まれ始める。
彼女たちの会話は、気を張り詰めた深刻なものでも、ましてやおぞましいものでもなく、「いつもどおり」淀みなく交わされているものに違いない(少なくとも冒頭において)。
あくまでも彼女たちにとって、ここは職場で「日常」の一部だったのだ。

「ナースの卯月に視えるもの」の素晴らしいところ(の一つ)は、そんな卯月たちの「日常」に、私たち読者も大きな抵抗なく連れて行ってくれるところだと私は思う。

「病棟」、「生と死」、「予測可能な終末」……。
そんな言葉をいくつか連想していると、つい身構えてしまいそうだが、この物語は専門用語を交えながらも読者を置き去りにせず、私たちも知っている「日常」の感覚から糸を繋げて卯月たちのいる世界に触れさせてくれる。

物語の中に、印象的な一文があった。

「どんなお顔で笑ったのだろう。お元気だったときは、どんな人だったのだろう。」

秋谷りんこ「ナースの卯月に視えるもの」第一話
(『WEB別冊文藝春秋 電子版54号(2024年3月(号)』)より抜粋


物語の詳細に触れることは避けようと思うが、この言葉に辿り着いた時、私はとても安心した。

卯月から発せられている無数の糸から、大切な太い糸を一つ自分自身の手で掴むことができたような……。
私の「日常」の先と、卯月の「日常」の先が、確かに交差した気がした。

この物語で描かれているのは、とても優しい世界(note創作大賞時に、審査員の新川帆立先生がコメントされていたと思う。)。

「死」という言葉を考えると、私の場合は(最初に述べたように)死に対して漠然と抱く恐怖や不安に苛まれてしまいそうだが、
「ナースの卯月に視えるもの」は「そうではない大切な何か」が確かにあることを教えてくれる。

「自分」と「誰か」。
「生」と「死」。
「見える世界」と「見えない世界」。

世の中に数えきれないほど「境界」はあれど、「ナースの卯月に視えるもの」の世界に触れると、私と誰かの無数の「日常」の延長線上に大事な交差点が待っているような、未だ知らない世界が自分の「日常」の先に広がっていくような、「境界」というものが曖昧にしか思えないような、不思議な気持ちになった。

道の先が断崖絶壁だと想像する、現在の私。
それも私らしい私の一部だと思えたし、そうでない想像をしているのも、何だか愛おしい未来の私だと感じられた。


物語から「何を感じるか」ということは、おそらく一人ひとり違うのだろう。

けれども、きっと卯月の「日常」に触れた時、心のどこかで自分自身や大切な誰かの「日常」を思い浮かべるのではないだろうか。
私たちの想像力が「日常」の中で育まれていることに、改めて気づくこともあるかもしれない。


そういえば、四月は卯月の月。
今日の彼女は、誰のことを思っているのだろうか。

今回は肝心の「卯月に視えるものが何か」ということについて、ネタバレをうっかり書いてしまいそうなので触れなかった。

五月には、いよいよ「ナースの卯月に視えるもの」が文庫本で刊行予定とのこと。

卯月の出会う、一人ひとりの患者さんたち。
彼らとの間に紡がれる彼女の物語の続きを、心待ちにしている。


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※ヘッダーイラストは、nouchi さまの作品をお借りしました。



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