「銀の杖とみどりの杖」

随分間が空いてしまいましたが、「まほうつかいのドジ」続編です。犬というおしゃべりな仲間を得て、町の有名人になった小さなまほうつかいに、懐かしい手紙が届きました。どんな手紙だったのでしょうか......。

 まほうつかいがいつも使っているみどりの杖は、今日は町に連れて行ってもらえず入り口の横に大切に立てかけられている。まほうつかいはこおひいを片手にソファでくつろいでいて、足元には犬が後ろ足を伸ばして伏せていた。

「最近、あんたのせいですぐに見つけられちゃうから、おちおち外に飲みにも行けなくなっちゃったなあ」
「杜が綺麗になって、お客さんが増えたのは俺っちが宣伝したからでしょうが。ツンデレなんだから」
「あんたが来てもう杜も新しい花をつける季節になったのね。......あの花、卒業式の時に胸に着けたなあ」

 今ではうっかり飲みにいけないくらい町の有名人となった小さなまほうつかいだが、実はまほうがっこうを卒業するときには落ちこぼれであった。普段の講義では優秀であったが、テストの前になるとなぜか決まって流行り病にかかってしまったり、教科書を無くしてしまったりするのだった。
 まほうつかい学校には、卒業の時に学年でもっとも優秀な成績を残した生徒一人だけに授けられる銀の杖があり、生徒皆の憧れの的であったのだが、小さなまほうつかいは卒業式にうっかり寝過ごして遅刻してしまい、正装の高い帽子を着けた学生に埋もれるようにして卒業したのであった。
 名誉と一生の活躍を約束される印である銀の杖は、背の高い皆が「王子」と呼んで憧れる同級生に授けられ、小さなまほうつかいは皆と同じまほう学校で採れた木から作られた「みどりの杖」を受け取り卒業した。銀の杖を持った同級生はその成績を期待され格別優れた生徒しか入れないまほう研究所に入り、小さなまほうつかいは寝坊の噂が広がったためどの研究所にもはいることができず、遅刻のない杜の中に住まいを作り、毎日こおひいを飲み、みどりの杖を使ってまほうの練習をして過ごしていた。
 小さなまほうつかいは自分の腕前に自信を持ちつつも、同級生を避けて過ごすうちに、徐々に昼間の町を避けるようになり、夜になってから町に出て自分がまほうつかいだと知らない人たちに紛れてぶどう酒を飲むようになった。しかしある日「川の前で生まれた」と鳴く白い犬に出会い、長老の実験にまんまと乗って飲みくらべをしたあと、杜と町を行き来して過ごすようになり、まほうを町の人に使って悩みを解決することが増えた。小さなまほうつかいの元を訪ねてくれる町の人が増え、まほうつかいと犬の暮らしは賑やかになり毎日薬をかき混ぜたりして一緒に過ごしてきたみどりの杖を指して、犬がこう言った。
「あのさー、そのみどりの杖、いいっすよね。俺、いろんなまほうつかいの杖見てきたけどさ、その杖いい感じっすよ」
「犬のくせに私にどういう口の聞き方するの」
「なんで褒めたのにそういう返しなんですかー。じゃあこの手紙海に流してきましょうか」
と犬が見せた手紙には、懐かしいまほう学校の封印が押されていた。
「ちょっと見せなさい」
と犬から受け取った手紙には、まほう学校の同窓会のお知らせが書かれていた。

「同窓会かあ、花も咲いているし、そろそろ行ってみてもいいかな。犬、お出かけだよ」
「うっひゃーい。俺っちもおしゃれしたほうがいい?首のリボン、何色がいいかな」
「何色でもいいから早く支度して。大人しくしてないと承知しないからね」

 まほうつかいは卒業式の恥ずかしさを必死で隠しながら同窓会会場の母校に出向いた。久しぶりに会う同級生は、皆自分より大人びて見える。.....どうもみられているみたいな気がする......犬は門の前に置いてきたのに......しばらく杜から出てなかったから噂になってるのかなあ......緊張する......。でも遠くから眺めるあこがれの先生は、相変わらず銀色の髪と、銀のペンもとても神々しく眩しかった。ああ、銀髪の先生には何度も助けてもらったなあ......挨拶したいけど勇気いるなあ......。
 学年で一番優秀だった銀の杖の「王子」は、さらに目元が鋭くなっていて、杖は使い込まれて渋い輝きを放っていた。まほう研究所で優秀な業績を納めたばかりの彼の周りには人が途切れることなく、近づけなかった。

 わたし、せっかく今日精一杯のまほうを練習してきて、外には犬もいつもより綺麗にして待ってるけど、誰にも話しかけられないままかなあ......寂しいから町に逃げてぶどう酒飲んじゃおうかなと思っていたその時だった。
「あなた、そのみどりの杖」
振り向くとあこがれの銀髪の先生だった。
「わたしが渡したみどりの杖、大切に使ってくれているみたいね。とってもいい色に育っているわね。あなたが長老と仲間を見つけて、杜と町で頑張っていること、聞いてるのよ。銀の杖の彼もさっき話してくれたしね」
「そんな、先生....わたし寝坊した学生だったから先生にもみんなにも恥ずかしくて.....。そう言っていただいて嬉しいです」
「頑張っているみたいで嬉しいわ。今日はきてくれてありがとうね。犬さんにも伝えておいてくれるかしら。じゃあ、またね」
笑顔でそう言って、胸元に銀のペンを輝かせて先生は去って行った。

「先生、犬のことどうして」と言いかけたが先生はすでに遠ざかっていた。
すぐに後ろから別の声がかけられた。
「よぉ、犬は元気か?」
「おーじ!」
黒いマントに銀の杖をきらめかせた、「王子」だった。
「すごい研究してるらしいじゃないのさ。相変わらずだね」
「いやいや、ちゃんと町で頑張ってるお前も立派だって、みんな言ってたよ。ついでに犬連れてきてるんだろ?外で俺らに片っ端から声かけてきて、”俺の大事なまほうつかいが入って行ったんだ。みどりの杖なんだぜ?いいだろ?”って自慢していったぜ?優秀な助手見つけたみたいだな」
「......またおしゃべりして......恥ずかしいなあもう....」
「そうだ、これ一番新しい論文なんだ。この前”最新まほう研究号”に載ったんだ。よかったら感想聞かせてくれよ。今度杜に遊びに行ってもいいか?.....ここだけの秘密にして欲しいんだけど......俺もそろそろ町でやり直そうと思って」
「もちろん大歓迎だよ!美味しいこおひい淹れて、待ってるね」
「じゃあな、また連絡するよ」

 いつもよりもさらに浮かれている犬と一緒に杜に帰り、受け取った封筒を開けると、”最新まほう研究号”が出てきた。
「えーっとおーじの書いた論文.....どこなんだろう......えっ?!」
そこには『最新のまほう連携は種別も超える。〜まほうつかいと犬との連携の実践〜』というタイトルが付けられていた。
「これ、私たちのこと?ちょっと犬!こっちきなさい!」
「へいへいなんスカ〜?俺っちのこと、ヒーローに書いてあるでしょ?」
「どうしてあんたは黙って論文のインタビューに答えてるの!」
「ちゃんと肉球でサインもしたし....」
「あんたのだけじゃダメって言わなかった?!」
「銀の杖を見せながら、俺とお前の共同研究だ、って.....」
「ってこの写真いつ撮ったの!隠し撮りでしょこれ!もうあんたなんかご飯抜きだからねー!」
「自慢したのにひどいやー」

 もう、本当に口の軽い犬なんだから。しばらく放っておいて、おーじの論文読もう。でも、先生も相変わらずお元気で、まさか私のこと覚えていて褒めてくださるなんて......。行ってよかったな。犬が来てから色々いいことも起こってるし、おーじにも会えてよかった。でも『そろそろ町でやり直したい』って言ってたけど、あれどういう意味なんだろう?
まあいっか。今度こおひい飲みながら聴こうっと。

おーじの論文、面白いな.......今度詳しく聞かせてもらお、う......

いつしか夜もふけ、ひとりと一匹はベッドを分け合って眠りに落ちて行ったのだった。

(まほうつかいのドジ・第三話『銀の杖とみどりの杖』完)

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