レポート第10回レタスマインドフルネスワークショップ5
(続きです)
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「【質問】日常生活において、やった方がいいけれどやるのが面倒くさいことを、どう克服したらいいでしょうか」
私は結構きちんとしたい方で、整理整頓や清掃はまったく苦じゃなく、やっています。
それはモノや場所に対する感謝が理由としてはありますね。
それから他人に知られて(えっ?)と思われるようなことはしたくない。信用を大切にしたいし、自分がやられて嫌なことはしたくないということはあります。
最近うちの嫁が私を見て、「きちんとやってると、あとで面倒が起きないよね」って言ってました。
彼女は私と全然違うタイプで(笑)、私の整理整頓好きについても認めているわけでもそうなりたいと言ったわけでも全然なくて、ただ事実を言っただけですが、そこがいいと思いました。
でもいろんなことが「面倒くさい」タイプの人は、智慧がでるんですよ。
面倒だから、何とかしようとする。
人間はタイプが色々あるし、「面倒くささ」のレベルも人それぞれだから、同じ作業でも想像できないくらいの苦痛を感じる人もいるでしょうね。それを我慢してやれとは言えません。
私にとって「面倒くさい、でもやらなきゃいけない」ことはずーっと心にこびりついて、いつもほんの少しですが心の重荷になることです。だからさっさと片づけて楽になりたい。
でも「完璧に」スッキリしたいっていうのも、病気なんですよね。
台所を嫁のいない隙に片づけて「嫌味?」って言われたり(笑)、面倒くささを許さない生き方をすると、周りも自分も息苦しくなってしまうし、智慧が出ない。
瞑想することによって、そういう完全にすっきりしたいという欲望をペンディングできる、白でも黒でもないグレーな状態でOKと思えるようになったのは私にとって良かったです。
どうせやらなきゃいけないんだから、ただやる。というやり方もできるし、明日でいいことなら明日やればいいじゃん、とも思える。
この「ただ」やるっていうのはマインドフルネスの中心的な機能だし、細かい部分が気になってもそのことで病まないというのもマインドフルネスのおかげです。
「面倒だから、やらない」ということも、どちらにしろその人が選んでいるわけで、そのままにしておくことが何らかのその人の利益になっているんだろうから、否定はできないと思います。
「面倒くささ」というのはそれ自体が悪でも善でもない。
考えてみると大きなテーマですよね。
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この後は個人的なインストラクションと瞑想実習をしました。
次回8月もマインドフルネスワークショップを開催いたします。
ご参加お待ちしております!
(この項終わり)