幕間〜突飛なことをやる理由〜

「やりたいと思ったこと、やれると思ったことは、気持ちが冷める前にやりなさい」
 これは父さんからよく聞かされる言葉だ。ことあるごとに聞かされて育ってしまったのか、今となっては興味の対象を発見すると、体が反応してしまうようになった。
「考える前に行動が伴うように動けば、自分が何をやれるのかやれないのか、わかってくるからね」
 小学生だった俺の頭を撫でながら、何処か誇らしげに父さんは語っていた。目をキラキラさせてそんなことを語る父さんの言葉がとても素敵なことのように思えて「こんな人になりたい」という漠然とした憧れを抱いてしまったのだ。
 おかげさまで今では考える前に行動を起こしてしまうようになった。止めようという意識が働く前に体が勝手に動いている。
「彰人はなんでいつも急にそうなるかなー…」とため息混じりに呟き呆れる明穂だけど、いつも俺の突飛勝手な行動を見守ってくれる。普通に考えれば、デート中に一輪車を買いに行く彼氏なんてごめんなんじゃないかと不安になって、「俺がこうやってさ、唐突に何かを始めるの嫌じゃない?嫌いにならない?」と聞いたことがある。
 すると明穂は「しょうがなくない?彰人はやりたいって思った瞬間にどっか走り出して消えてるし、言ったところで聞こえてないじゃん」と苦笑する。
「それで別れようとかならないの?」と聞いてみると「んー…、なんだかんだ面白いし、単純にさ、一緒にいて飽きないから」と言う。
 言われてみれば、明穂は口では不満やら愚痴やらディテールの強いツッコミを繰り出してくるが、勝手に動き出してしまう俺の行動をなんだかんだ楽しんでくれて一緒にいてくれる。それがうまくいってもいかなくても、最終的にはいつも笑ってくれる。いつだって、そうだったなぁ。そう思い返すと俺って最高の彼女に恵まれているんだなと実感させられる。
 だからと言うわけではないけど、勝手に動いてしまう俺のことを笑ってくれる明穂に「今、自分がやりたいこと」を見せてあげたい。やれるかやれないかはわからないし、うまくいくかどうかもわからない。でも、明穂に見ていてほしいと切に願うから。


「やらない後悔よりもやる後悔。後悔は清々しいものにしておくといい。父さんは沢山後悔してきた。だけどね、やらずに燻り続けて燃えカスのような感情が澱のように残り続けるよりもやってみて「できなかった」と言える後悔のほうが清々しいんだと思う。全力でやってみたけど、できなかったなって言えるような。そんな後悔をするといい」
 母さんが盲腸で入院した日の帰り道。父さんがしみじみとそんなことを語り出した。
 急に話し出すものだから、本当のところ母さんの容態は良くないのでは?と不安になった。しかし、母さんは本当に盲腸だったし、手術も無事に終わり元気に退院した。
 あの時何故、父さんがしみじみと語り出したのか。多分、父さんは腹痛を訴える母さんを目の前にして「何もしてあげることができなかった」という後悔を抱いたのかもしれない。咄嗟のことに動けなかった事実。考える前に動くことができなかったという事実。苦しそうにする母さんを目の前に、して「止まってしまった」事実たちが父さんの後悔となったのだろう。話を聞いた当初は「急にどうしたんだろう」と深く考えずにいたが、明穂という存在ができた今。なんとなくだけど、わかってきた気がする。
 あの時の父さんは、お前は何があったとしても全力で動けるようにしておけよとアドバイスをくれたのかもしれない。自分が動けなかったことにより、大切な存在が消えてしまう可能性もあるんだぞって。後悔先に立たず。何もできなかったなんて言ってしまう前に、何かをして後悔しろと。
 きっと、それが未来の自分のためになるかもしれないから。


 明穂の部屋のインテリアと化したウクレレをなんとなしに眺める。唯一無二の存在感となってしまった傷一つない楽器。明穂のために曲を作って贈りたい。という勢いで始めてみた。けど、よくよく考えるとウクレレじゃなくてギターにすれば良かったな。とか、ごちゃごちゃ考えてるうちに気持ちが冷めてしまい、触らなくなってしまった。
 どうしよう、もう一度始めてみようかなと思案する。いや、それならギターの方がかっこいいか。
 ギターを弾きながらオリジナルのラブソングを歌う自分の姿を想像する。悪くないじゃん。そんな思いが過り始め、やる気が満ちてくる。明穂に話そうと思って視線を向けると、ソファでくつろぎながらテレビを観ていた。流れているのは鳥人間コンテストだった。
 特に興味があるわけでもなく、テレビに映る映像を眺めるだけの明穂につられて、鳥人間コンテストを眺めた瞬間。
 ムクムクと興味が大きくなっていく。けれど、何に対して興味が湧いてきたのかわからない。なんだろうか、この感覚は初めてのことかもしれない。
「あーきーひーとー、どうしたのー?」
 グルグルと思考の波に呑まれていた俺に明穂が声をかけてきた。
「んー、いや、翔んでるなーって」
「そりゃ、そうでしょ。鳥人間コンテストなんだから」
 明穂がこちらをじっと見つめてくるのを感じたけど、俺の目は画面に釘付けのままだった。

 数日経ってからも、明穂の部屋で見た鳥人間コンテストの映像が頭から離れないまま、気が付いたらカフェにいた。
 漠然と「翔びたい」という思いが募っていく。そもそも何故「翔びたい」と思ったのだろうか。謎は深まるばかりだ。むしろ、空を自由に翔びたいななんて歌や、きっと今は自由に空も飛べるはずなんて歌すら聞こえてくる。
「彰人?聞いてる?」
 カフェオレの入ったカップを持ちながら、明穂が怪訝そうな顔で聞いてきた。
 その瞬間、脳裏に明穂の笑顔が浮かびあがり、漠然とした何かが消し飛んだ。
 やっぱり理屈じゃないんだよなぁ。わからないのに考えるなんて俺らしくない。いつものように、俺はやりたいことをやるだけ。それが常識の範疇から、どれだけ逸脱していても。
 そう、きっと、明穂は。俺のことを馬鹿にしながらも、話を聞いてくれるはずだ。
 荒唐無稽な俺のこの突飛な行動を楽しんでくれる彼女だからこそ。


 さて、やることは決まった。またいつものようにやりたいことを明穂に見てもらおう。そして、笑ってもらおう。それが今の俺の「やりたいことをやる理由」だから。
「どうしたんだ、こいつ」って顔をしている明穂の目を見つめて切り出す。抑えきれない心の高鳴りを告げるように。

「明穂、俺、翔ぶわ」


            


 幕間的なものを書いてみようと思ったので書いてみた。
 彼氏が翔んだの前日譚と彰人のことについてちょっと触れてみたくなったから。
 でも幕間的なものなので、そこまで長くならないように気を付けながら。
 実際、書かなくてもいいのかなとか考えるんやけど、自分の好きなことを書く場所にしてるので思い浮かんだものを書く。物語にしても日記的なものでも。
 っていう理由付けをしなければ、勇気が持てないので偉そうに書いている節があるのだが。
 


 読んでくれてる人にはいつも感謝してますし、面白かったと言ってくれる人もいたりするので、本当にありがたいです。
 あっ、ちなみにまだ彰人と明穂の物語を書いていくつもりです。
 せっかくなので、やりきりたいから。

ではでは、また。
noteの世界で。
  

  
 


    
 
 
 

 
 

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