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Webエッセイの時代になってきた

エッセイを見かけない日がない。

これはたぶん、僕に限った話ではないだろう。Twitterでコミックエッセイはよく拡散されているし、noteを見れば #エッセイ は4番目に人気のタグだし、弊社が運営するShortNoteでも毎日たくさんのエッセイが投稿されている。

そう考えると、いまはWebエッセイの時代である。いや、もうかなり前からそうだった気もする。でも一体なぜ、こんなにエッセイが流行っているのだろう?

検索やキュレーションに「飽き」が来た

1つ、要因として考えられるのは、検索エンジンやキュレーションサービスで得られる情報に対する「飽き」だ。

検索エンジンは欲しい情報が簡単に得られるツールである。それはそれで便利だが、裏を返せば退屈なのだ。検索上位に表示されるのはSEO対策され尽くした情報ばかりだし、目的がはっきりしているため偶発的に面白い情報に出会うことも少ない。

言うなれば、検索エンジンは「辞書」だ。わからないことを調べるのには適しているが、読み物としてはあまり楽しいものではない。よほどのマニアでないかぎり、検索エンジンを眺めて時間を潰すことは難しいのだ。

また、これはWeb上に溢れている膨大な情報の中から、有益なものを選んでくれるキュレーションサービスにも同じことが言える。こちらはさしずめ、「専門誌(専門雑誌)」といったところ。特定の情報をまとめてくれているので便利だし、しばらくは読み物としても楽しめる。

しかし、一定数情報を集めていると、そこに偏りがあることに気付く。例えば、NewsPicksの「教育・キャリア」カテゴリなんかは、BUSINESS INSIDER JAPANForbes Japanプレジデントオンラインダイヤモンド・オンラインライフハッカーAERA dot. 朝日新聞デジタルからの情報がやたら多い。こうなってくると、よほど勉強熱心な人や業界人を除けば、あまり長く楽しめるものではなくなってしまうのだ。

検索エンジンとキュレーションサービスから得られる情報に共通するのは、即効性だ。読めばすぐに役に立つものだが、その分用途がかなり限られている。そのため、ある程度の知識を持った人間からすれば、情報の価値はどんどん下がっていく一方なのである。

共感や感動の価値が上がってきた

となると、即効性の高い情報に飽きた人々は、必然的に読み物として面白いものを探し始める。世界観やストーリーがしっかりしている、雑誌や小説、漫画的なものに注目するようになる。

そのコンテンツとして、最もフィットしていたのがエッセイだったのではないだろうか。

パーソナルな心の様子を描くエッセイは、属人性が高くその人特有の世界観を作りやすい。加えて日々の出来事を取り上げて、自己の内面を告白するカタチであれば、ストーリー性も生まれる。おまけに小説ほど長くならないので、ちょっとした暇つぶしとして読むのにも最適である。

いうまでもなく、エッセイには即効性の高い情報はほとんどない。エッセイが生み出すのは共感や感動だ。そして、この2つの感情は「エモい」という言葉が表すように高い価値を持っている。

つまるところ、即効性の高い情報に対するアンチテーゼとして、共感や感動を生み出す読み物(=エッセイ)が出てきたのではないだろうか。ある意味、情報摂取が娯楽化してきたとも言えるだろう。

飲み会で自分語りするよりも、SNSにそっと置いて共感されたい

書き手の視点からも考えてみたい。そもそも、自分の内面をさらけ出すことは気持ちの良いことだ。表現することによって初めて、自分の気持ちを理解できるし、他人からの反応ももらえる。

その昔、ネットがここまで発達していなかった時代では、気のおけない仲間との飲み会がその役割を果たしていたのかもしれない。飲みの席で自分語りをして、うんうんと頷いてもらったり、目を見開いて驚いてもらったり、辛辣な助言をもらったり……。

でもなかには、そうした場では言い出しづらいこともあれば、思うような反応をもらえないこともあるはず。そういうときに、エッセイは便利なのだ。

というのも、エッセイは自分語りをする大義名分を与えてくれるものだからだ。もっといえば、エッセイは反応を求めない体裁を取ることができ、SNSやプラットフォーム(noteやShortNoteなど)にそっと置いておけるものだからだ(実際はめちゃくちゃ反応を求めていて、共感されたい)。

また、エッセイは特別な知識や技術を必要としないのも大きなポイント。エッセイに必要なのは「伝えたいモヤモヤ」だけである。それさえあれば、別段形式は決まっていないので、誰でも書くことができる。

まとめ

少し長くなったので以下のようにまとめてみる。

①即効性の高い情報への飽きから、読み物として面白い(遅効性の高い)情報を求める人が増えた

②エッセイには世界観やストーリーがあり、共感や感動を生み出しやすい。文量も多くないため、読み物として手軽で面白い

③エッセイは自分語りの大義名分を与え、そっと置いておいて共感を待つことができる。また特別な技術や知識を必要としないため、書きやすい

先ほども少し書いたが、おそらく今後、情報摂取はどんどん娯楽化してくるだろう。エッセイはその1つとして今後も機能していくことは間違いないので、ほかにどういうものが娯楽となり得るか、娯楽以外の情報摂取の仕方はないかを考えたりすると面白いかもしれない。

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野阪 拓海

コンテンツメーカー・ノオトの記者/編集者。教育、文化、生き方、多様性あたりが興味のある分野です。アニメ・コーヒー・サウナが好き。ライティングや編集の情報も発信していきます。https://twitter.com/nosaka_t

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