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【民話ブログの民話】 猫捕り女たち

 旧国鉄I駅のすぐ近くに、古い店舗のスナックや飲み屋などがゴチャゴチャと軒を連ねる、ちょっと独特な雰囲気の通りがある。その一角の小さな居酒屋に、ここ数年の自分は通っていた。

 その店の女将、M子さん(64)から聞いた話である。



 去年の今頃、この通り周辺に数匹ばかりの野良猫が居着いていた。どうやら店舗の隙間や、線路に面した空き地を住処にしていたようだ。やがて可愛らしい子猫の姿も見られるようになり、同じくこの通りに生息する人々によく親しまれた。猫好きのスナックのママやラーメン屋のアルバイトなど、こっそり餌をやっていた人も多かったらしい。

 しかし間もなく、その猫たちを捕まえる団体が相次いでやって来た。

 最初に現れたのは、白髪の老婦人だったという。

「こんにちは。すっかり暑いですねえ」
 店の外で掃き掃除をしていた女将のM子に、老婦人はそうやって声をかけてきた。
「ええ、ほんまにね」
 関西出身のM子は気さくに言葉を返しつつ考える。前に来たお客さんやろか? 相手の顔を何となく伺うのだが、見覚えはない。客の顔は比較的よく覚えている方だった。

「この辺りに最近、野良の可愛い子猫ちゃん、いますよね?」
「ああ、子猫。おりますねえ」
「……ほら、こんな子じゃないかしら?」
 老婦人が手提げカバンからスマホを出し、画面を見せてきた。そこには白黒のブチ模様の子猫が映っている。ついさっきも店の前を横切った、あの子猫に違いない。
「ああ、この子ね、そうです」
「あー、やっぱり」

 長い白髪を後ろで無造作に結んでまとめた、化粧気のない老婆の顔を間近で見つめる。猫の飼い主さん? でも最近ここらの路地で産まれた子猫なんやから、飼い主なんて元々おらへんよな……と、M子は訝しんだ。

「いえ、私ね、可哀想な野良ちゃんたちを保護する活動してまして」

 そこで老婦人は少し改まった説明口調になり、名刺を差し出してきた。「野良猫の保護、里親探し」といったうたい文句と、NPOらしい団体名が大きく印刷してある。どうやら彼女は、この団体の代表者らしかった。

「ほら、あっちに見える病院。あそこなんかね、動物実験してるんですよ。ずっと前から。猫ちゃんを捕まえて、あそこに売っちゃう人、沢山いるんだから。ねえ、動物実験ですよ? 本当に可哀想でしょ」
「ええー? ほんまですか。それは可哀想」
「そうなんですよ! それに保健所、保健所に連れて行くのもね、やっぱり良くないの」

 そうやって老婦人は自分の活動に関する話をひとしきりして、その日は帰っていった。

 それから、この通りを行き来する彼女の姿が頻繁に見られるようになった。朝から熱心に歩き回る老婦人と顔を合わせれば「今日も暑いわねえ」と世間話などして、そしてやっぱり子猫の話題になる。
「そういえば、朝方よくあの辺に……」
 持ち前の親切心と気安さで、M子は彼女に子猫の目撃情報を提供して、実際にその場所に案内したり、野良猫一家が住むと思しき空き地、そのすぐ側にあるスナックのママに引き合わせもした。

 それからしばらくして、老婦人は何人かの若い女性を引き連れてやって来た。どうやら近隣の店にも了解を取った様子で、彼女たちは野良猫がよく出没する建物の隙間や空き地などに、猫を捕獲するための罠を仕掛けた。


路地裏(富士吉田市)


「……それでね、その子猫一匹、実際に捕まったんよ。お婆さんがまた、若い人たちと一緒にそれ引き取りに来てね。どこ連れてくんかなーって、ちょっとそのときも思ったんやけど」

 老婦人たちが子猫を何処かへ連れて引き上げていった数日後、M子さんが買い出しから戻ると、店の前に大きな紙袋が置かれていた。中身を確認すると、箱入りの贈答品。送り主は、あの老婦人だったという。

「猫を捕まえられたお礼……なんやろうかねえ。よう分からんけど、わたしもついちょっと手助けとか案内してもうたし」


三味線猫

 

 さらに数日後。
 今度は、中年の女性が現れたのだった。

「ほら、この子猫。……それから、このお婆さんじゃない?」
 その中年女性は、M子にスマホを見せて画面をスライドさせる。あの子猫と老婦人の姿が続けて表示された。
「このお婆さんね、猫獲りで有名なの。もうね、動物実験の病院とか色んな所に売っちゃってね、それでマンションまで買ったんだから」
「えー、それ、ほんまの話?」
「本当よ。すごく有名なんだから」
 店先で声をかけてきた中年女性は、件の老婦人に関する悪い噂など、ひとしきり話して去っていった。

 この中年女性も数日後、再びやって来た。あの老婦人と同じ様に何人かの女性を引き連れて、猫を捕獲する為の罠をあちこちに仕掛けた。

 そうやって、あの子猫の兄弟や親猫、他にもこの一帯に住み着いていた野良猫たち、その殆どが捕まえられてしまった。

 M子自身はその現場に居合わせなかったらしいが、さすがに今度は界隈からも怪しむ声が出て、捕らえた猫を何処に持っていくのか追求する向きもあったという。しかしその中年女性たちは何か上手い事を言って、捕まえた猫たちを結局すべて連れていってしまったらしい。



「でね、また店の前に」
 前回と同じく、お礼の品が置かれていたのだとM子さんは続ける。

「……それでK藤さんも、その猫たち可愛がってたみたいで『何処連れてかれたんだ!』って後から知って、すごく怒ってね。すぐに電話かけたんよ。その名刺の番号に」
 K藤さんというのは古いタイプの任侠で、この界隈では有名な強面の人物だ。彼が猫好きというのは知らなかったが、そういった状況は容易に想像出来る。押し出しの強い、義憤に駆られた猫好き極道の鬼電話。

「でも何回かけても全然繋がらないんやて。最初のお婆さんと、その次のおばさんの所、両方とも」

 それぞれの団体名でネット検索すると、やはり実態の確かな組織ではないらしく、そこからの問い合わせも出来ない。K藤さんはいまも時々思い出したように捕らえられた猫たちの話をして、これらの団体について聞き込みを続けているらしい。

「とにかく、よう分からん話やろ? わたしも物貰ってしまったし、何かあかん事の手助けしたみたいで、後味わるうてね」

 じゃあ、その貰い物どうしたんですか? と自分が訊くと「え、そんなん、とっくに食べてもうたよ」と答えて、M子さんは「あはは」と陽気に笑う。この店の女将は基本的にいつもこんな調子で、こちらの気分も自然と朗らかになるのだった。

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 ところで、この店には看板猫がいた。いまは店主夫婦の住まいの方に引っ込んで、店にはいない。しかし去年の夏頃なら、まだ店舗の二階に寝起きして、界隈を自由に歩き回っていたはずである。その猫捕りの罠に間違ってかかったりはしなかったのだろうか。

「ああ、そんなん引っかからんよ。あの子は年も経って賢いし、うちでたっぷりオカカも食べて、よう肥えてるしね。……でも言われてみたら、あの位の頃、どうも大人しかった気もするわ。警戒してたんかねえ」

ベランダのあみちゃん

 事の真相は猫のみぞ知る……といった所だろうか。ともかく近況を聞いても看板猫は至って元気そうで、そこは一安心である。

「……そういえばな。そのお婆さんと、おばさんの顔な。何だか二人とも、猫みたいやったよ」
 ふと思い出したように、M子さんが言う。
「こう、目が二人とも引きつってな。いまにも『ニャー!』とか言いそうな顔してたわ」

 そうやって自分の目を横に引っ張って吊り目にしてみせる女将の顔が本当に化け猫のように見えてきて、ちょっと肝が冷える思いがした夕暮れ時。古びた店で、同じく古びた空調機がガタガタと鳴り、冷たく湿った風を自分の首筋に当ててくる。

 猫捕りの老婦人と中年女性が置いていったお礼は、どちらも鰹節だったそうだ。

おわり


以上は、冒頭にも記したように、自分が通っている飲み屋の女将から採集した実録民話である。この店もコロナ渦で現在は休業中。しかし何だかんだと雑用を手伝ったりしていた同じく人生休業中の自分は、こうやって女将とお茶を飲み、よく無駄話をする。だからまた別の話も彼女から仕入れている。それをまた書くかもしれないし、やっぱり書かないかも知れない。
この界隈には昔から妖しげな有象無象が溢れているのだが、ともかく今年の夏は路地に猫たちの姿がない。

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